amato

時間軸を通じて様々な出来事や歴史的なエピソードを綴る

2014年03月

武装利権集団だった宗教勢力


 官兵衛は観ていますよ、あたしは。
 おもしろく観ているのですが……。


 なんつーか、こう。
 一向宗の描き方に違和感がありますな。
 一方的に信長公に攻められる被害者的な描き方が、
 とにかく鼻に付くというか(爆)
 重箱の隅を突くようで申し訳ないんすけどねww


 ということで、天戸妄想歴史講座。
 今日は一向宗あたりを流してみましょう。


 一言でシンプルにまとめちゃいますと、
 当時の比叡山とか、一向宗とか、
 法華宗などの巨大宗教勢力は、
 武装した利権集団ですわ。

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 アメリカが石油などの利権を守るために
 世界中で戦争を仕掛けていたことは
 ご存知の通りですが、
 あれの小型版と考えたらよろしいかと。


 さらに、ローマ帝国がキリスト教を
 巨大化した組織の統治に利用しようと考えたのと同じで
 彼らも浄土真宗とか日蓮宗の教えを
 信徒を統治するために使ったわけですね。
 

 利権集団という視点でみると、
 当時の宗教勢力は、
 無数の荘園、座、市などを独占しておりました。


 荘園はまあ学校で習ったでしょうし、
 このブログで何度も取り上げましたので割愛しますが、
 当時の「座」は何かというと同業組合のことですね。
 といっても、かなり大掛かりなもので、
 商品の製造、配送、販売などを
 一手に引き受けるようなものもありまして、
 この座に入らなければ
 その産業には参加できないというようなものでした。


 で、この座を支配していたのが、
 おもにこうした宗教勢力だったわけです。
 この宗教勢力の立場を「本所」といいます。


 宗教勢力は信徒をたくさん抱えている。
 荘園もたくさんあるので経済的にも豊か。
 さらに武装しているので押し出しも効く。
 だったら、この宗教勢力をバックにつけておけば、
 商売も安泰じゃねえか……ということで、
 座の方がシノギを宗教勢力に納める。
 宗教勢力の方はバックについて睨みをきかす。


 こうなると、新しく商売しようとしても、
 必ず「座」に入らないとできない。
 勝手にやると僧兵たちから殺される。
 そうなると、
 座の商売人たちは特権階級となって、
 自由競争は失われますね。
 商売人ってのは、完璧に「利」だけで動くものですね。
 これは洋の東西を問わず、利で動きます。
 ヴェネツィアの商人はちょっと違うところもありますが、
 だいたい利で動き、利で転ぶのが商人です。
 ですので、商品は売り主の言い値で売られます。


 生活必需品まで
 売り主の言い値で売れるなら、
 そうした商人たちは大儲けできますわ。
 商人が儲かれば、宗教勢力もアガリが増えます。
 で、どんどん儲かると。


 有名なものでは、
 石清水八幡宮を本所とした大山崎油座。
 京都には堀川の材木座。
 同じく京都は三条の釜座。
 興福寺の塩座。
 六波羅蜜寺の紙漉座などなど。
 もうこうした座は無数にあるわけです。
 

 つまり、日常生活を送ろうとすると、
 こうした座にたっぷり粗利を載せられたものを買うしかない。


 この既得権益に逆らうと、
 強訴されたり焼き打ちされたり、
 ひどい時には殺されるわけです。


 当時の宗教集団ってのは、
 だいたいこういう組織だったということを
 頭に入れておかないといけません。


 自分の利権が侵されると集団でやってきて
 強訴したり殺人したりする(不殺生戒)
 街道に勝手に関所をつくって高額な通行税を取る。(不偸盗戒)
 街に繰り出して女や少年を買う。(不邪淫戒)
 約束しても簡単に反故にする。(不妄語戒)
 酒を浴びるほど飲んで狼藉を繰り返す(不飲酒戒)
 どうすか、これ……www


 こんな巨大組織が日本中に
 たくさんあって鎬を削っているわけで、
 もう生き地獄でしょう、これ(爆)


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 こんな巨大利権組織が日本中にいるなら、
 もう命なんて軽いわけですわ。
 だから、庶民も武装しなきゃならないわけです。
 百姓たちも弓槍刀で武装していたわけです。
 この当時の百姓は、だから強いんです(爆)
 相手が殺す気でくれば、
 百姓も徒党を組んで対抗しますからね。
 武士と百姓の区別は曖昧な頃です。


 こうした百姓たちが、
 特定の宗教集団の信徒なら、
 これまた超強力な武装集団になるでしょ?
 これが、一向宗とか法華宗などの
 武装利権集団なわけですわ。


 この時代、大変ですよ、マジで。
 どうします?
 まずは、こうした特権階級から、
 特権を剥奪しないと日本は変わらないでしょ?
 でないと、民は生き地獄なんすよ。


 でも、それが出来るのは、
 既存の社会システムから
 飛び出した発想を持った人物でないといけません。
 また、その発想を
 具体化できるブレーンのいる人物でないとね。
 さらに、本人も滅法戦が強くないといけないでしょう。
 

 それが、信長公だったというわけです。

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 ってことで、生き地獄の様子を
 次は、もう少し観ていきましょう(爆)


 
 
 

支那の金に恥はかき捨ての欧州勢


 むか〜し、むかし「金持ち父さん」という本が出ましたね。
 ロバートキヨサキさんとか……。
 あと、7つの習慣を翻訳したジェー○ス・スキナーさんとか。

 彼らの口癖って、
 収入が増えるってことは、
 それだけ人の役に立っているって指標なんです……。
 な〜〜んてぶっこいていました。

 ってことで、効率良く収入を増やす道は、
 金に金を産ませる金融系や投資系だってことで、
 アメリカでも、日本の一部でも、
 モノを生み出さずに金を稼ぐ方に人が流れていきましたわ。
 優秀な人材もそっち方向に流れたりして。

 で、今のアメリカはすっからかんと。
 日本も危うく人材払底と。

 金に目がくらんでいると、
 あとでしっぺ返しがたまにきたりして。

 欧州は、習近平さんのお尻の穴を
 そろって舐めているようですが、
 中共を信じていると痛い目にあいますよとww

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 南朝鮮の新兵さんのしごきの様子らしいっすw
 いや、大変だわ、これw

ほえほえくま2


 hehe


 


 台湾が支那と同一化すれば、
 沖縄や尖閣も時間の問題ですぜ。


 マジ、支那うぜえっす。

ほえほえくま


 台湾の学生諸子を応援しようじゃねえかと、
 日本の才能溢れる方々が「ほえほえくま」というキャラを生み出しました。

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 いろんな、ほえほえくまがいます。

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 hehe3



 hehe4



 hehe5



 みなさまもぜひ、オリジナルな
 ほえほえくまを作ってみられてはいかがでしょうか。


 加油、台湾!

日米韓


 ぬう、ドタキャンはありませんでしたか^^

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 日米韓首脳会談、対北朝鮮で連携確認 歴史認識は触れず(朝日新聞)
 http://www.asahi.com/articles/ASG3V1QTXG3VUEHF001.html


 歴史認識問題、
 いわゆるウリナラファンタジーに触れられずに
 安倍総理と仲良くしちゃったりして……。
 これは、帰国したら叩かれそうですね。


 外交音痴の韓国さん、
 さあ、次はどうしますかな。
 追い込まれましたぞ。
 

プーチン大統領クリミア編入時の演説全文


 いや〜、いよいよ核セキュリティサミットが開催されるってことで。
 日米韓の首脳会談も行われるとか……。
 ぜひ、何か一発かまして欲しいと思っているわけですが(爆)

 そうそう、先日クリミア編入の際に行われた、
 プーチン大統領の演説の全文を置いておきます。

 元ネタは、こちらです。
 http://togetter.com/li/644258


 ただ、読みやすいように
 こちらで適宜改行などをいれました。
 また、引用符で囲むと読みづらいので
 引用符も省略です。
 どうぞ熟読なさってください^^



 プーチン大統領クリミア編入時の演説全文


 クリミアでは16日、住民投票が民主的な手続きで、国際法に完全に合致した形で行われた。有権者の82%が参加し、96%がロシア編入に賛成票を投じた。結果はまったくもって驚きだ。


 なぜ投票が行われたのかを理解するには、クリミアの歴史、クリミアにとってのロシア、ロシアにとってのクリミアを知ることが必要だ。クリミアは文字どおり我々共通の歴史であり、誇りである。クリミアの古代ギリシャの植民地ヘルソネスがあった地で、キエフ大公であり、キリスト教の聖人ウラジーミル1世が洗礼を受けた場所だ。


 彼の宗教的な偉業は、これは正教徒に対する話だが、それは共通の文化、価値観、文明的な基礎の条件となった。そしてそれは、ロシア、ウクライナ、ベラルーシの国民を一つに結びつけるものだ。クリミアにはロシア人の墓がある。彼らは1783年、ロシア帝国のもと勇敢さを発揮した。クリミアといえばセバストポリだ。英雄都市であり、偉大な運命の都市だ。要塞であり、黒海艦隊のふるさとだ。


 クリミアといえばバラクラバ、ケルチだ。それぞれが我々にとって聖地であり、ロシアの軍事力のシンボルだ。クリミアには異なる民族の素晴らしい文化と伝統の結晶がある。ロシアに似ている。ロシア人もウクライナ人もタタール人も民族は異なるが、努力して近くで暮らし、それぞれの独自性と伝統、言語、宗教を守りながら暮らしてきた。ところで220万人のクリミア人口のうち、約55%がロシア人、35万人がウクライナ人で、ロシア語を母語と考えている。


 29~30万人がタタール人だが、多くの人が住民投票においてやはりロシア編入の意思を示した。タタール人にとってはソ連時代、厳しい不正義があった。いや、これはタタール人だけではなかった。別の民族に対してもあった。弾圧によって何百万人の様々な民族の人たちが苦しんだ。


 その中にはもちろん、ロシア人も入っていた。そしてタタール人は自らの土地に戻ったのだ。政治的、法的な必要な決定により、タタール人の復興、彼らの権利を復活させるのは当然なされなければならない。


 私たちはクリミアのあらゆる民族に対して敬意を表する。そこは彼らの共通の家であり、ふるさとだ。クリミアには三つの平等な言語がある。ロシア語、ウクライナ語、タタール語だ。心や感覚の中には、クリミアは常に奪うことのできないロシアの一部だという意識がある。


 それは真実と正義において大きな確信だ。それは揺るぎなく、世代で引き継がれてきた。そんな確信の前では、時間の経過も状況の変化も無力であり、20世紀に我々が経験したあらゆるドラマチックな変化も無力だ。


 ボリシェビキの革命後、異なる意見と天命に従い、ロシア南部の歴史的な領土の多くがウクライナ共和国に編入された。住民の民族構成も考えず行われたのだ。それが現代のウクライナの東部、南部だ。1954年、クリミアをウクライナに移管する決定があった。


 セバストポリも一緒に移管された。しかし、そのときはソ連の一部には変わりなかった。指導者フルシチョフ氏の個人的なイニシアチブで行われた。なぜそうなったのか。


 ウクライナのノーメンクラツーラの支持を取り付ける必要があったからであり、1930年代にウクライナであった弾圧の償いの意味でもあった。そのようにして歴史が進んだのだ。だが、私たちにとっては重要ではない。その決定は憲法的なルールにも違反していた。決定は非公開だった。内輪だけの決定だった。


 当然、全体主義国家という条件下で、クリミアとセバストポリの人たちは何も問うことはできなかった。当然、全体主義国家という条件下で、クリミアとセバストポリの人たちは何も問うことはできなかった。ただ事実の前に立ち尽くすほかなかった。


 もちろん人々には疑問はあった。なぜ突然クリミアがウクライナになるのだと。最終的にはそれを直接言う必要があった。だが、我々はみんな知っている。その決定は、まるで形式主義のようにして決定されたのだと。一つの巨大国家の枠組みの中で。そのときはただ単純に、ウクライナとロシアは一緒ではない、別々の国になるなんて思ってもみなかった。しかし、それは実際起きた。残念ながら信じられないことに、それは現実になった。つまり、ソ連が崩壊したのだ。


 事態はどんどん急速に展開し、国民の中でもドラマティックに展開する出来事とその結果をすべて把握している人はほとんどいなかった。ロシアとウクライナのたいていの人は、ほかの旧ソ連諸国の人たちもそうだが、独立国家共同体が新しい共通の国家的な形になると思っていた。


 すべて約束されたはずだった。共通の通貨、統一経済圏、共通の軍隊。しかし、すべては約束に終わった。巨大国家はできなかった。クリミアが突然別の国になることになったのだ。そのときロシア人は、クリミアは単に盗まれたのではなく、強奪されたのだと感じた。


 はっきりと認めなければならないのは、ロシアは新生国家として誕生した際、パレードをやったが、ソ連崩壊の原因となったのだ。ソ連崩壊のとき、クリミアや黒海艦隊の基地、つまりセバストポリが忘れられていたのだ。


 数百万のロシア人が同じ国に寝ていたのに、外国で目覚め、1時間のうちに前ソ連共和国で民族的な少数派になっていた。世界で最も分割された民族にロシア人はなっていた。だが今日、すでに多くの年月が流れた。


 クリミア人同様、私も最近よく耳にするのは、91年にクリミアがまるで1袋のジャガイモのように手から手へと渡されたということだった。ロシアとは一体なんなのか? そうした屈辱について、頭を伏せておとなしくし、じっと我慢していた。


 ロシアはそのとき困難な状態にあった。自国の利益を現実に守れなかった。人々は憤慨すべき歴史的な不正義に我慢できなかった。それ以降、人々も、市民団体も何度もこのテーマを問題提起した。クリミアは紛れもなくロシアの土地であり、セバストポリはロシアの都市だと話した。


 我々はよくわかっているし、心や精神で共感もした。しかし、独立したウクライナとのいい関係をつくり、そうした困難な現実からスタートする必要があった。ウクライナとの関係、同胞ウクライナ人との関係は常に私たちにとって最も重要であり、カギを握ると言っても過言ではない。


 2000年代に始まった交渉の内幕について明らかにしたい。当時ウクライナの大統領はクチマ氏。彼がロシアとウクライナの国境確定プロセスを急ごうと頼んできた。そのときまでこのプロセスは実質動いていなかった。ロシアは例えばクリミアについてはウクライナの一部と認めた。


 しかし、国境確定交渉は行われなかった。交渉が難しいことは理解するが、しかし、私はすぐにロシアの関係機関に作業を活発にせよと指示を出した。作業とは国境整備の作業だ。すべての人にわかるように。つまり、国境確定に同意しながら、我々は実質的にも法的にもクリミアをウクライナ領と認めていた、そして最終的にはその問題は解決した。私たちは逆にウクライナに対し、クリミアの問題だけでなく、同様の難しい問題についても提起した。アゾフ海の領海やケルチ湾などについて。


 そのとき我々は何に立脚したのか? ウクライナとのいい関係だ。それは私たちにとって最も重要だ。そうした関係は息詰まった領土紛争の人質になるべきではないのだ。その上、ウクライナは将来我々の優しい隣人であり、ウクライナの東南部、クリミアにいるロシア人とロシア語話者に対しては特に、友好的で民主的、文明的な国家のもとで暮らし、法的利益はしかるべき国際法で守られるべきだと考えた。


 しかし、事態は別の方向へと展開した。ロシアの歴史的な記憶や母語をなくそうとしたり、同化を強制しようとしたりする試みがあった。ロシア人もウクライナ人も恒常的な政治国家的な危機に傷つき、20年以上もウクライナは揺れてきた。


 なぜウクライナの人たちが変化を求めたのか理解できる。ここ何年にもわたって、権力は奪うものだとされ、その権力が政治的独立、国家の独立を飽き飽きさせたのだ。大統領も首相も、議員もころころ変わるが、国や国民に対する彼らの態度は変わらない。


 彼らはウクライナを搾取し、権力や活動分子、金を使って切り裂いた。権力者たちは人々の生活を考えず、数百万人いるウクライナ人はなぜ国の展望がもてないのか、海外に流出するのか、外国に出稼ぎに行かなければならないのか、ということにほとんど関心を払ってこなかった。


 ここで指摘したいのは、シリコンバレーでさえウクライナ人は日雇い労働者として働いていた。ロシアだけでも昨年、300万人のウクライナ人が働いている。別の指標では、2013年、彼らはロシアで200億ドル稼いだとも。それはウクライナGDPの12%にあたる。


 汚職や国の非効率的な仕事、貧困に反対し、平和的なスローガンを掲げてマイダン(キエフの集会場所となった広場)に集まった人の気持ちは理解できる。平和的な集会は権利であり、民主的なプロセスである。選挙は人々に役立たない権力を変えるために存在する。


 しかし、ウクライナの一連の出来事の背景には、別の目的があった。すなわち、彼らは国家転覆を準備したのであり、権力奪取を計画した。しかも、それだけにとどまろうとしなかった。テロや殺人、略奪を始めた。


 民族主義者、ネオナチ、ロシア嫌いの人たち、ユダヤ人排斥者が転覆の主要な実行者だった。彼らは今現在もウクライナにはっきりいるのだ。いわゆる新政権は、言語政策を見直す法案を提出し、少数民族の権利を制限した。


 実際、このような政治家たちや権力の中枢にいる人たちを支援する外国スポンサーたちがそのようなもくろみを主導した。彼らは賢く、代償を払わなければならない。人種的に純粋なウクライナを作る試みがどういう結果を招くかは自明だ。


 (言語規制の?)法案は延期され、お蔵入りになった。だが、人々はしっかり記憶している。すでに明らかになったのは、今後ウクライナの進歩的な人たちは、ナチスに協力したステパン・バンデーラの後継者ということだ。第2次大戦でヒトラーの手先となった男だ。


 明らかなのは、ウクライナには現時点で、対話可能な合法的な政権はないということだ。多くの国家機関は名前を偽った人たちによって奪取され、国家機関は機能していない。強調したいのは、そのかわりにそれら国家機関は過激派にコントロールされているということだ。


 いくつかの省庁に行くためには、「マイダン」の武装集団の許可が必要になっている。これは冗談ではなく、リアルな光景だ。反乱に参加した人によって、弾圧や懲罰的な脅威もすぐに起きた。もちろん、その最初の標的となったのが、ロシア語を話す人が多いクリミアだった。


 それに関連してクリミアとセバストポリの住民はロシアに自分たちの人権と人生を守るよう要請した。キエフで起きたことをさせないよう要請した。それはウクライナ東部のドネツク、ハリコフでも起きている。


 当然、我々はその要請を断ることはできなかった。クリミアとその住民を悲惨な状況に置き去りにすることはできなかった。何よりも、クリミアの人たちが、自分たちの将来を歴史上初めて自分たちで決める平和で自由な意見表明の条件づくりを助ける必要があった。


 しかし、欧米が言ったことはなにか。我々は国際法に違反しているという批判だった。とはいえ、国際法というのが存在していることを彼らは知っていたようだ。ありがとう。知らないよりは、遅くても知っている方がまだましだ。


 二つ目に、これが最も重要なのだが、我々は国際法に違反したのか? 私は確かに上院からウクライナで軍事力を行使していいという権利を与えられた。しかし、まだ行使していない。ロシア軍はクリミアに派遣されていないのだ。クリミアの部隊は、国際条約に基づいて駐留する部隊だけだ。


 確かに我々はクリミアの部隊を増強した。しかし、強調したいのだが、クリミア駐留部隊の上限要員を超えたわけではない。上限は2万5千人。これまでは、単にその上限までは必要なかったというだけだ。


 独立を宣言と住民投票を発表した際、クリミア自治共和国議会は国連憲章を根拠とした。民族自決の原則だ。思い出してほしい。当のウクライナもソ連から脱退するときに同様の宣言をした。ウクライナは民族自決を使ったのに、クリミアの人たちはそれを拒否される。なぜなのか?


 このほかにも、クリミア指導部は有名なコソボの先例を参考にした。それは西側が自ら作ったものだ。全くクリミアと同じケースであり、セルビアからコソボが分離することを認めたものだ。これも一方的な独立宣言だったが、そのときは中央政府の許可は何ら必要とされなかった。


 国連の国際裁判所は国連憲章第1条2項の原則に同意し、2010年7月22日付の決定で次のように指摘した。文字どおり引用する。「安全保障理事会は一方的な独立宣言について、一律禁止にするような結論は出さない」


 「国際法は、独立宣言について適切な禁止、というものを規定していない」。すでに明かだろう。引用を強調したいわけではないが、私は抑えることができないので、公的文書から抜粋をもう一つ紹介したい。それは2009年4月17日付の米国による覚書だ。


 それはコソボの審理のときに国際裁判所に提出されたものだ。「独立宣言は国内法に違反することが度々起こる。しかし、それは国際法に違反していることを意味しない」。自分たちで書いて世界に向けて吹聴したのだ。すべてをねじ曲げ、そして今度は憤慨している。どういうことだ?


 クリミアでの行動はすべてはっきりと、これ(コソボの例)と一致する。なぜかコソボのアルバニア人はよくて、クリミアのロシア人、ウクライナ人、タタール人は禁止されているのだ。なぜなのか?


 そして欧米は今度は、コソボは特例だと言う。それは結局例外だったということか?コソボの紛争では多大な人的被害があったから?それは法的根拠になるのか?国際裁判所の決定はそんなことはまったく触れていない。二重基準どころではない。驚くべき原始的な直接的な皮肉だ。


 昨日までは白と言っていたのに、明日には黒と言うようなものだ。あらゆる紛争は人的犠牲が出るところまで行かなければならないということか?


 もしクリミアの地元自警団が事態を掌握しなかったら、同じように犠牲が出たかもしれない。幸いそれは起きなかった。ただの一つも武力衝突は起きなかったし人的犠牲もなかった。なぜか? 答えは簡単だ。市民と彼らの意思に反する形で戦うのは難しいだけでなく実際には不可能だからだ。


 これに関してはウクライナ軍に感謝したい。それは決して小さくない部隊だ。武装兵は2万2千人。武力に訴えなかったウクライナ兵士に感謝したい。もちろん、これに関しては別の見方も出てくる。クリミアにロシアが武力によって干渉したと。でもそれはおかしい。一発も発砲せず、一人も犠牲者を出さない形で武力介入が行われたことが歴史上あっただろうか。私はそうした例を知らない。


 親愛なる皆さん。ウクライナを取り巻く環境は、まるで鏡のように今世界で起きていること、そしてかつて世界で起きたことを映し出している。地球上で2極化世界(冷戦)が終わった後も、世界は安定しなかった。カギとなる国際的な仕組みは強化されず、残念ながら頻繁に崩壊した。


 米国率いる西側は、政策を実行するのに、国際法ではなく、「力の原則」に従う方を好んだ。彼らは自分たちが選ばれたもので、例外だと信じた。世界の運命を決めることができるのは常に彼らだけに与えられた権利だと。彼らはそのように振る舞っている。それが正しいと言わんばかりに。


 国家の主権に対して武力を使い、同盟を組むのが常套手段だ。我々に賛同しないものは、我々の敵だとみなす。攻撃を合法だと装い、国際機関の必要な決議を破り、様々な理由で都合が悪くなれば、国連、安保理をすべて無視する。


 ユーゴスラビアでもそうだった。1999年のことをよく覚えている。自分でも目の当たりにしたが、信じられなかった。欧州の偉大な都市の一つであるベオグラードが数週間のうちに空爆で破壊されたのだ。そしてその後、本当の武力介入が始まったのだ。


 果たして安保理決議は、ユーゴスラビアのこの問題について、こんな風に解決しようという内容だったか? そんなわけはない。そしてアフガニスタン。イラク。リビアではあからさまに国連安保理決議に違反した。飛行禁止区域を守る代わりに空爆が始まったのだ。


 一連の「カラー革命」(一部の旧ソ連諸国で起きた革命)もそうだ。それが起きた国では、圧政や貧困、展望のなさに人々が疲れ果てていた。それは理解できる。しかし、そのような感覚が皮肉なことに利用されたのだ。


 利用した方の国(欧米)は、それがスタンダードだという。しかしそれは彼らの人生や伝統、文化には当てはまらなかった。結果は、民主主義や自由の代わりに、カオスだった。暴力の激突であり、政権転覆の応酬だった。「アラブの春」は「アラブの冬」へと変わった。


 同じようなシナリオがウクライナでもあった。2004年の大統領選で必要な候補を押しつぶすため、法的には規定されていない3回目の決選投票が行われた(オレンジ革命のこと)。憲法に照らせば、ナンセンスであり、お笑いぐさだ。そして今、用意周到に武装した人たちが投入された。


 いったい何が起きているのか、我々はよくわかっているし、それらの行動がウクライナやロシアに反発し、欧州で起きている統合政策に反対する動きであることもわかっている。


 ロシアは誠実に欧州側と対話を目指してきた。常にかぎとなる問題については協力を呼びかけた。信頼レベルを強化したいし、私たちの関係を対等で開かれた、純粋なものにしたいと思っている。だが、相手方からの歩み寄りはなかった。


 それどころか逆に、何度も我々はだまされてきた。我々の見えないところで事が決められ、実行された。例えばNATOの東方拡大やロシアの国境近くに軍事施設を設けることなどだ。彼らは同じことを繰り返してきた。「それはあなた方に向けたものではありません」。信じられない。


 (欧州)ミサイル防衛システムの展開もそうだ。我々にとっては脅威にもかかわらず、施設や装置は設置されている。ビザ問題交渉もそうだ。グローバル市場における自由なアクセスと、純粋な競争についての約束もそうだ。


 現在、我々は制裁に脅かされている。しかし、我々は(今でも)一連の制限下で生きており、国や経済において、それははっきり存在している。例えば冷戦時、米国や他の国もソ連に軍事技術・戦略物資を売ることを禁止した。ココムと言った。対共産圏輸出規制のリストだ。形式的には今日廃止されているが、それは形式的なものだ。実際には多くのものがまだ禁止されている。


 我々は根拠を持って次のように推察する。すなわちロシアを抑制しようとする悪名高い政策は、18世紀、19世紀、20世紀にわたって続いてきた。そして今も続いている。我々は常に追い込まれている。その理由は、我々が独立した立場を取り、それを守り、率直に言い、偽善者ぶらないからだ。しかし、我々にの我慢にも限度がある。ウクライナのケースでは、欧米は一線を越え、乱暴で無責任でプロ意識のないことをやった。


 彼らだってよくわかっているはずだ。ウクライナやクリミアには数百万人のロシア人が住んでいるということを。(西側は)政治感覚や基準に対する感覚を失いすぎて、ウクライナで次にどんなことが起きるかということを予見できなかったのだ。


 ロシアにとっては引き下がれなくなった。もしバネを限界まで押しつけたら、いつか力強く戻る。それを常に肝に銘じるべきだ。


 今必要なのはヒステリーな対応をやめ、過度に冷戦などと言うことをやめ、はっきりしたことを認めることだ。すなわち、ロシアは自発的に、積極的に国際社会に参加するプレイヤーなのであり、他国と同様、考慮され、尊重されるべき国益を持っているということだ。


 クリミアへの我々のアプローチを理解してくれた国々には感謝したい。まず中国だ。中国の政権は、ウクライナとクリミア周辺の歴史的、政治的な側面をすべて検討してくれた。そしてインドの自制と客観性の高く評価したい。


 米国民に言いたい。独立宣言は彼らにとって何よりも重要で誇るべきものだ。クリミアの住民が自分たちの将来を自由に選びたいと思うことはその価値観にあわないとでも言うのか? 我々を理解して欲しい。


 私のことを欧州は理解してくれると信じている。とりわけドイツ人は理解してくれるはずだ。東西ドイツが統合するときの政治協議で、ドイツの同盟国のうち統合に賛成したのは少なかった。それに引き換え、我が国はまったく誠実に賛同した。


 我々は統一を求めるドイツ人の抑えがたい希望を支持した。まさかドイツ人は忘れてないとは思うが。ドイツ国民も同様に、ロシア世界、歴史的なロシアの統一復興に対するロシア人の希望を支持していると考える。


 ウクライナ国民に言いたい。私たちをわかって欲しい。あなたたちに損害を与えたくないし、民族感覚を侮辱したくない。いつもウクライナの領土一体性を尊重してきたし、私たちは、自分の政治的野心でウクライナの統一を犠牲にするような人たちとは違うのだ。


 彼らは「偉大なウクライナ」とスローガンを掲げて装ってはいるが、国を分断するあらゆることをしてきた。今日の国民の対立は彼らが持ち込んだものだ。ロシアを利用してあなたたちを脅す人たちを信じないで欲しい。クリミアのあと別の地域だと叫んでいるような人たちのことだ。


 ロシアはウクライナを分割したいのではない。それは必要ない。クリミアには今後もロシア人、ウクライナ人、タタール人がそのままの状態で残る。繰り返す。クリミアはこれまでもこれからも、あらゆる民族にとってのふるさとであり続ける。しかし、ファシストのものにはさせない!


 クリミアは我々共通のものだ。地域安定に最も重要な要因だ。このような戦略的な場所は、強くて安定した主権のもとにあるべきだ。それは実際、今日においてはロシアだけだろう。


 ウクライナやロシア人にも言いたい。我々はあなた方とともにいる。近い将来、歴史的な視点でみれば、(このままでは)クリミアを完全に失うかもしれないのだ。考えて欲しい。キエフではウクライナがNATOに入るという話も出ている。クリミアとセバストポリにとってそれは何を意味するか? ロシアの偉大な軍事都市に、NATOの軍艦が出現することはロシア南部にとって脅威となるだろう。それはつかの間もことではなく、全く具体的な脅威なのだ。


 もしクリミア人が今回のような選択しなければ、本当に(そうした脅威が)起こりうることだった。(クリミアの住民よ)ありがとう。


 ところで、我々はNATOとの協力に反対しているわけではない。全く違う。我々が反対しているのは、軍事同盟としてのNATOが、軍事組織のあらゆる内部機能を伴って駐留することに反対なのだ。我々の塀の近くや我々の家の近所、歴史的な土地の近くで展開するのに反対なのだ。


 セバストポリに行って、NATOの海軍兵の家に招待される光景は全くイメージできない。彼らはまったく違う人たちであり、私たちが彼らのもとに行くのではなく、私たちが彼らをセバストポリに客人として招待する方がいい。


 今ウクライナで起きている事に私たちは心を痛めている。ウクライナでは今日、明日をどう生きればいいかかわからない状態だ。私たちの心配は理解されるはずだ。我々は単に親しい間柄ではない。事実上、同じ民族なんだ。キエフは古代ルーシのロシアの母なる都市。そこから私たちはともに始まったのであり、お互いを抜きにしてはあり得ないのだ。


 ウクライナには数百万人のロシア人,ロシア語話者が住んでいる。ロシアは常に彼らの利益を、政治的、外交的、法的な手段で守る。しかし、何よりもまず、ウクライナ自身が彼らの利益に関心を払い、保障しなければならない。そうしてこそウクライナ国家の安定と領土保全が保証される。


 我々はウクライナと仲良くしたいし、強くて主権があって自主的に豊かなになれる国家になって欲しい。ロシアにとっては最も重要なパートナーの一つであり、多くの共同プロジェクトもあり、その成功を信じている。


 最も重要なことは、ウクライナの領土に、平和と合意が訪れ、ロシアが望むのは、ほかの国々とともにウクライナ支援のために全面的な協力ができるようになることだ。しかし、繰り返しになるが、そのためには、ウクライナ国民自身が、適切に秩序を取り戻すしかないのだ。


 クリミアとセバストポリの住民のみなさん。ロシアはあなた方の勇気、威厳、勇敢さが本当にうれしいです。あなた方自らクリミアの将来を決めたことがうれしいのです。決まるまでの間、我々は最も近づいたような気持ちになり、互いを支え合いました。心からの連帯でした。


 このような、急展開した歴史的な瞬間においてこそ、成熟や民族の強い心が試されるのです。ロシア国民は成熟さを示したし、団結によって同胞(クリミア住民)を支えました。


 ロシアの外交スタンスが強固なことは、数百万人の国民の統一的な意思、政界や市民団体のリーダーたちの支援に基づく。愛国的な雰囲気にお礼を言いたい。我々にとって重要なのはそのような結束だ。それはロシアに立ちはだかる課題を解決してくれる。


 ロシアは外交的には反発を食らっている。しかし、それを解決し、首尾一貫して民族の利益を守るのか、あるいはそれをあきらめ、放棄してしまうのか。いくつかの西側の国はすでに我々を脅している。制裁だけでなく、ロシア内部で何か激しいことが起こるのではないかと。


 いったい何を言おうとしているのか。異なる民族の裏切り? あるいはロシアの社会経済状態の悪化? 人々の不満を挑発すること? 無責任で攻撃的な発言だ。


 我々は一度も西側と争おうとしたことはない。実際は逆で、文明的で友好的な関係を築くために必要なことをすべてやる。それが現代世界で決められたことだ。


 皆さん。クリミア人は住民投票で直接、はっきりと質問した。クリミアはウクライナに残るのか、ロシアに入るのかと。クリミアとセバストポリの指導者、議員たちは、住民投票の質問を設定し、政治的な利害関係やグループを超えて、住民の根本的な利益を考えた。


 住民投票以外の方法ではクリミアの問題は一時的にしか解決できず、将来的な対立の激化を招き、人々の人生を引き裂くことになっただろう。クリミアの住民ははっきりと、妥協なしに、明らかに質問を設定した。投票はオープンでクリーンに行われ、住民たちははっきりと自分たちの意思を示した。つまり、彼らはロシアに編入したいのだ。


 内外の要因を総合的に判断すれば、ロシアにとっても難しい決定だ。ロシア人の気持ちはどうか。どんな民主的な社会でも、違った考えを持つ人がいるのはつきものだ。しかし、この場合、立場は一つだ。強調したいのは、絶対的な多数のロシア国民の意見は明らかだということだ。


 最近の世論調査の結果はご存じだろうか。95%のロシア国民が、ロシアはクリミアに住むロシア人とほかの民族の利益を守るべきだと考えている。95%だ。そして83%以上の国民が、たとえ別の国々との関係を損なったとしても、ロシアはそれをすべきだと考えている。


 そして86%の国民が、クリミアは現時点までロシアの土地であると考えている。それはとても重要な数字であり、クリミアの住民投票で92%がロシア編入を望んでいることと相関関係にある。


 このように、とても多くのクリミア住民とロシア国民の絶対的な多数がクリミアとセバストポリの編入を支持している。問題はロシア自身の政治決断にかかっている。それは国民の意思にのみ立脚している。なぜなら国民だけが、あらゆる権力の源であるからだ。


 上院、下院のみなさん。ロシア国民、クリミアとセバストポリのみなさん。住民の意思をよりどころとしたクリミアの住民投票の結果に基づき、国会にクリミアとセバストポリを編入する法案を提出し、審議をお願いする。


 クリミアとセバストポリでも同様に、編入に関する条約調印のための批准がなされるだろう。これについて、皆さんの支持があることを確信しています!(終わり)


 ptn


 以上、上記ソースからの引用でした。
 途中、明らかな誤記は訂正しました。


 あ、それからコメントが入っていましたが、
 ご指摘ありがたいのですが、
 ソース添付なしの名無しさんのコメントは、
 サッパリと消去してますんで、よろしくです。
 ソース有り+メアド明記の場合は
 ありがたく勉強させてもらってます^^


 では、ごきげんよう!

カエサル暗殺

 3月15日といえばカエサルの命日であります。この日、元老院会議に出席しようとしたカエサルは、かつてのライバルだったポンペイウスの名前をつけた『ポンペイウス劇場』に足を運び、そこで開催される会議に出席する予定でありました。

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 この時、終身独裁官となっていたカエサルは、ローマに根強く抵抗していたパルティア王国への遠征を決める重要な会議に出席しようとしていたわけです。このパルティア王国は、今でいうとカスピ海南からオマーン湾辺りに広がっていた広大な王国です。


 このパルティアとローマは何度か戦っていまして、クラッススという執政官が指揮官で戦った時にローマは大敗をしているんですな。で、その時、捕虜になったローマ兵達は奴隷として強制労働をさせられていたようで、ローマにとってパルティアを潰して囚われたローマ兵を解放することは悲願だったわけです。


 そんなパルティア遠征に、いよいよカエサルが出陣するということで、まず間違いなく勝利するだろうとローマ市民も元老院も期待していたわけですが……それを喜ばない元老院議員たちもいたわけです。


 というのも、カエサルがパルティア遠征に行けば、間違いなく勝利して凱旋するだろうさと。ゲルマン人との紛争もカエサルならローマ有利におさめて来るだろうさと。そんな完全無欠のカエサルに、元老院議員たちが王様の冠をプレゼントしたら、もう誰もそれにNOは言えないぜ? カエサルが王になったら、共和制というこの国のシステムがなくなってしまうじゃないか。それは断じて許せん。ということは、カエサルがパルティアに行く前にヤツを殺してしまえばいいわけだ……これが共和制派元老院の目論みだったわけです。


 元老院の中でもカエサル派の人たちはカエサルの身の安全を心配して屈強なボディーガードをつけていましたし、リクトルという護衛もたくさんいたのですが、基本的にカエサルは「命の心配をしていては国家の大事は成し遂げられんぜよ、おりょう」というタイプだったので、会議では「おまんらあは、むこうで休みや」とボディーガードを休ませていたりしたわけです。


 ただ、カエサル腹心のアントニウスはいつもぴったりとカエサルにくっついていました。このアントニウス、剣の腕前は剣闘士ばりという脳ミソ筋肉の猛者だったので、これがカエサルのそばにいるのはまずいと……。

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 そこで共和制派元老院議員たちは、まずはアントニウスをカエサルから引き離す作戦を考えます。その役はトレボニウスという男に託されます。このトレボニウスは、カエサル指揮下の軍団長も務めたほどの男だったので、アントニウスとも旧知の間柄。アントニウスは、トレボニウスに話しかけられ、カエサルのそばから離れて、ポンペイウス劇場の外に留められてしまいました。


 静かに会議場へと入るカエサル。その周りを暗殺実行犯である14人の元老院議員がゆっくりと取り囲み、距離を縮めていきます。14人によってカエサルの姿が見えなくなったその時、14本の短刀がカエサルに襲いかかります。


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 カエサルが受けた刺傷は23ヶ所。そのうち、胸に受けた2刃目が致命傷となったと言われているそうです。「わしは胸をやられた……もういかん」と死を悟ったカエサルは、死んだ後で見苦しくならないよう、最後の力でトーガ(長衣)のすそを身体に巻き付けながら倒れて、息を引き取ったのだとか。


 この暗殺実行犯となった元老院議員の人定はすべて割れております。何人かご紹介しましょう。筆頭は、みなさんよくご存知のマルクス・ユニウス・ブルータス。


 ブルータスの母はカエサルの愛人セルヴィーリアでして、カエサルもこのセルヴィーリアにあれこれと尽くしていましたし、セルヴィーリアの方もブルータスの後見をカエサルにお願いするほどでした。

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 ブルータスは今でいう頭の良い書生といった感じの男でした。塩野七生さん曰く、東京大学を首席で卒業した後、オックスフォード大学、プリンストン大学と学位のコレクションをしていたようなタイプだとか。ですので、政治や軍事には興味がなくて哲学一本槍の学生だったそうですが、生きていくために何か職業がないといけないということで、金融業を始めたのだそうです。年利48%という高額な利率をふっかけて暴利を貪っていたようで、まるで金融マフィア状態ですなw


 カエサルがルビコンを渡ったことで、ローマは内戦の時代に入りましたので、ブルータスも金融業を続けることができなくなりました。そこで、叔父のマルクス・ポルキウス・カト・ウティケンシス(俗に小カトーと呼ばれます)に同調して、実父を殺害したポンペイウス率いるポンペイウス軍に参加したのです。


 ま、しかし、前回ご紹介したファルサルスの会戦でポンペイウス軍はカエサル軍に大敗します。ブルータスも当然に敗軍ですので、命からがら逃亡してしまいました。


 カエサルはセルヴィーリアから「ブルちゃんだけは助けて」と哀願されていましたので、部隊に指示して「ブルータスは生きて捉えるように」と命令を下していました。ブルータスの方も、その情報を聞きつけると、カエサルに手紙を書き、「カエサルの勝利をお祝いします。私はここにいます」と連絡するわけです。


 この辺り、器の小さな天戸から観ると、ブルータスめは武士の風上にも置けぬヤツと思いますが、カエサルは違いますわ(爆) 「おお、ブルは生きておったがかえ? 早速丁重に迎えを送りや」とブルータス護衛部隊までつけて潜伏先に迎えにいかせ、母セルヴィーリアの下に送り届けているのです。
 

 カエサルが粛々と帝政の足固めをして束の間の平和が訪れた時、セルヴィーリアは、またカエサルに寝物語でお願いをします。「ねえ、カエサルぅ。ブルちゃんのことだけど、何か仕事ないかしら?」と。


 カエサルの根っこにはクレメンティア(寛容)の精神があり、有能な人材は敵であってもどんどん適材適所で配置するということを心がけていました。また、何よりも愛するセルヴィーリアからのお願いでもあるので、カエサルはブルータスを抜擢して、前法務官(法務官についた後の人物がなる役職)という高い役職につけて北イタリア総督として赴任させました。その役職を終えた後は、正式に法務官にもなっていまして、端からみるとカエサル派の出世頭だったわけです。


 このブルータスが担がれて、カエサル暗殺の首謀者として今にも名前を残しているわけです。ま、ほかにもいるんですが、長くなったのでこの辺りで(爆)


 カエサルを暗殺した後、実行犯はローマ市民に対して大演説をぶつ予定でした。しかし、カエサル子飼のベテラン兵たち、ローマ市民たちの怒りは凄まじく、彼らはカピトリーノの丘に逃げ込んでしまいます。暗殺から3日後、カエサルの遺体はフォロ・ロマーノで火葬となりました。怒ったローマ市民たちは暗殺者宅へとなだれ込みます。しかし、彼らは転々と居場所を変えていたため、ローマ市民たちも暗殺者たちを発見できなかったようです。


 そして、19日、暗殺者たちは次々にローマから脱走します。筋肉男のアントニウスは、これを機会に自分の勢力の地固めをして、反カエサル派を潰してしまえば、あがり……でした。


 んが〜〜〜


 なんとカエサルは、ある一人の18歳の若者を自分の養子として、財産を相続させ、正式に自分の後継者とするという遺言状を書いていたのです。その青年がオクタヴィアヌス。のちの名をアウグストゥス。帝政ローマの初代皇帝となる男なのです。


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 ってことで、アウグストゥス、ここは面白いのですが、結構地味なので、ローマ関連はこれでひとまずおしまいw より詳しくは塩野さんのローマ人の物語、「ユリウス・カエサルルビコン以前〜ルビコン以後」を読まれると、かなり詳しく学べます^^


 ちなみに、その頃の日本は、まだ弥生時代。環濠集落などを作って、少しずつ国の形が見え始めてきた頃でしょうか。関東には弥生文化が到着していましたので、関東以西は弥生文化。関東以北は、まだ縄文文化という感じでしょうかね。時間がゆっくりと流れていた日本と同時期に、ローマではこんな激動の時代が流れていたのです。お天道さまだけがそれを眺めていたのでしょう^^

台灣、加油!


 


 「中台協定」反対の学生らが議場占拠 台湾 「産業切り捨てにつながる」
 http://sankei.jp.msn.com/world/news/140319/chn14031912360001-n1.htm


 中共の工作を撥ね除けよ。

 我々は諸君らを応援する。


 twn

まあ、なんかやってることが前と変わらんw

 やってることが盧溝橋事件と変わらんですな。
 あほくさ……

 00)



 どう考えてもロシアは戦争したくないわけでw
 EUも戦争したら経済的に大打撃だし。
 誰よ、いったいってな話ですな。


 全文はこちらから。
 http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTJEA2H01K20140318/


今日は多忙にゃり


 ぬう、ちょっと今日まで忙しいっすwww
 ってことで、許してくださいまし。

 また、おもろいネタ、探しておきまする〜!
 ptn



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