日韓外相会談……合意とかww
慰安婦問題が不可逆的に最終的に解決した……とかww

三日後には蒸し返すに全部。

安倍総理はこれについてしっかりと
日本国民に向けて説明していただきたい。

時間軸を通じて様々な出来事や歴史的なエピソードを綴る







大蔵氏
こちらは大蔵春実(おおくら はるざね)を祖とする同族です。おもに九州西部、筑前、筑後辺りをルーツとする一族です。藤原純友の乱鎮圧のために出動し、そのまま土着した大蔵春実を祖先に持つ名字となります。
秋月、高橋、波多江、田尻、江上、小金丸、戸上、三原、日田、
小山田、大倉、美気、深江、朝川、宝珠山、泉、内蔵、宍戸、
山北、市来、加治木、長束、千手、多紀、岩門(岩門庶家から原田)等
大神氏
こちらは豊後を中心に東九州をルーツとする大神惟基(おおが これもと)を祖とする同族です。大和大神系を経て東九州に任官後、土着したという説が有力です。戦国期には、大友の家臣団として結構活躍している家が多いです。
阿南、小原、大津留、武宮、橋爪、臼杵(戸次、佐伯、緒方)、
大野、稙田、光吉、幸弘、吉籐、田尻、十時(ととき)、
三田井、朽網(くたみ)、由布(油布)、高知尾、賀来、
野尻、三重、野津原、高千穂、堅田、高野、松尾、吉藤、
行弘、太田、板井、釘宮等
宇都宮氏
藤原宗円(藤原北家・藤原道兼のひ孫)の次男、中原宗房が豊前国仲津郡城井郷に地頭として赴任したことに始まる家系です。のちに、城井(きい)という名字に変えます。本家の下野宇都宮は秀吉に改易され、江戸期には水戸藩に仕えていたようです。
麻生、蒲池、横溝、小田、犬塚等
大友氏
源頼朝の近習であった大友能直(おおとも よしなお)を祖とする同族。おもに豊後をルーツとしています。名字の由来は相模国足柄上郡大友郷から。豊前・豊後両国守護兼鎮西奉行となって下向してきた名門です。
田原、吉弘、鹿子木(かのこぎ)、三池、門司、田村、
詫摩、一万田(いちまだ)、志賀、野津、狭間、田北、立花等
少弐氏
少弐資能(しょうに すけよし)を祖とする同族です。養父は藤原秀郷の流れである武藤資頼(むとう すけより)ですから、名門中の名門でしょうね。鎮西奉行に任官して土着し、おもに筑前をルーツとしています。資能は、元寇の際にも老骨に鞭打って奮戦しましたが、その時に受けた傷が悪化して病死しています。
但馬、窪、馬場、龍造寺、筑紫、平井等
菊池氏
この菊池氏のルーツは古すぎて諸説あり断定されていません。寛仁三年四月(1019年)、藤原隆家の曾孫である藤原則隆が、大宰府権師藤原隆家の指揮下で刀伊の入冠を撃退して武名を挙げて、そのまま肥後菊池に下向して土着したとする説があります。また、一節には藤原蔵規(まさのり)を祖とする説もあります。いずれにせよ、肥後熊本がおもなルーツです。西郷隆盛は、この菊池の庶流です。
米良、豊田、村田、甲斐、小島、中村、兵藤、八代、西郷、
城、大浦、長瀬、林、方保田、迫間、重富、鑓光、肥後、山鹿等
阿蘇氏
ほとんど神話レベルの古い家。代々阿蘇宮の宮司を務めてきた家柄ですが、元々は肥後国阿蘇国造がルーツではないかと言われています。国造(くにのみやつこ・こくぞう)は、もともと地方に土着していたネイティブな豪族が大和朝廷に服属して任じられたボスみたいなものです。阿蘇氏は、この流れを汲み、皇族や出雲家に比肩するほど古い家となります。
津屋、竹永、中村、上島、竹崎、宮西、土田、恵良、坂梨、赤星


本当はみんな分っていると思うんですよ。この問題って、本質は実のところ勇ましい国家を演出しないと自分を保てない、悲しい人達が増えているという問題ですよね。(2015.7.11報ステにて宇野氏の発言)
こちらから引用:http://ponko69.blog118.fc2.com/blog-entry-3278.html



それいまだ戦わずして廟算して勝つ者は、算を得ること多ければなり。いまだ戦わずして廟算して勝たざるものは、算を得ること少なければなり。
算多きは勝ち、算少なきは勝たず。しかるに、いわんや算なきにおいておや。われはこれをもてこれを観るに、勝負あらわる。







