しかし、なんというか……このおっさん。いや、おっさんの私が言うのも憚られますが、これは35にしてはちょっと。いくらなんでもそんな……。

しかし、こういう糞野郎をのうのうと生かしておく世の中がおかしいのです。性犯罪者には極刑、あるいは脳をいじってドーパミンが出ないようにする、あるいは宮刑にしたあと強制労働。これをしないなら、国民は自力救済を求めるようになるでしょう。左翼メディアや左翼弁護士は間違いなく「心神喪失あるいは心神耗弱状態にあったので責任能力はない。無罪を求める」と言い出し始めます。
こうなるともう殺され損です。綾瀬コンクリ殺人事件の連中ものうのうと社会に戻ってきてますしね。ほんと、脳に欠陥を持った香具師が多杉内。さらには、「自分らしく」とか「自由に生きる」とか「個性を伸ばして」といった『エゴ肥大&自我肥大化計画』が絶賛進行中の世の中、我慢も辛抱も知らぬ糞がどこかの女子に懸想して、望み通りにならねば殺害するなど言語道断。
昔、なにかの本で「若い頃の苦労は買ってでもしろなんて言うけど、苦労なんて買ってまでしなくていい。楽して成功できるならそれが一番」と書かれているものを読んだんですけど、人間に対する理解がとても浅いですな。苦労、辛抱、我慢を知ることは人格形成にとても有益です。昔の日本人は辛抱強さでは抜群だったはずです。
親から甘やかされ、社会から甘やかされ、親の脛をかじって引きこもっていたこの糞野郎は、報酬系ドーパミンに唆されて、未成年の女子大生に乱暴して殺害。さっさと死んでしまえ、糞野郎。
世の中にはこういう腐れがたくさん蟠踞しています。だからこそ、まずは敵の第一撃を躱して逃走することが大事なのです。第一撃を躱すことに最大限のエネルギーを使い、次の瞬間には現場離脱に全力を尽くすのです。こういう奴に粘着された瞬間、「こいつは敵である」と脳に認識させるのです。敵であれば相手を斃さねばなりません。そう脳に認識させて潜在力を発揮するのです。
教育はすべからく、公的精神を涵養させるべく改善されねばならんでしょう。
こういう方針を教育に盛り込むことで、フランス革命の残滓である「個性が大事」とか「自分らしく輝く」とか「好きなように生きていいんだよ」といった唾棄すべき今の教育を崩壊せしめることが出来るわけなのです。好きなように生きずに公益のために身命を尽くせと。一旦緩急あれば義勇を以て公に奉じよと。急がねばなりませんな。
そもそも、自分らしく輝くなんて言う前に「汝自らを知れ」を良く噛みしめるべきでしょう。自分が何者かも知らぬのに自分らしくどう輝くのか……。ましてや少年期や青年期などは自己発見の真っ只中。自己なんてまだ確立もされていない状態。そんな子供に「自分らしく生きていいんだよ」とは笑止であります。子供たちを教えている教師が自らを知らぬのであります。知らぬまでも知ろうとしてもいないのであります。
日本人が一番強く、そして一番輝く時は、公のために生きる時です。そういう教育を幼少期から為すことで、こういう人間もどきの糞野郎の発生を少しでも減らせるのではないかと。そう思うわけです。
ま、左翼どもはこの教育勅語復活だけはどうしても避けたいので、理屈は抜きにして感情論で突っ走りますがw 察してください、その筋の方々ばかりです。
http://bunshun.jp/articles/-/2387?page=2
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/50764

しかし、こういう糞野郎をのうのうと生かしておく世の中がおかしいのです。性犯罪者には極刑、あるいは脳をいじってドーパミンが出ないようにする、あるいは宮刑にしたあと強制労働。これをしないなら、国民は自力救済を求めるようになるでしょう。左翼メディアや左翼弁護士は間違いなく「心神喪失あるいは心神耗弱状態にあったので責任能力はない。無罪を求める」と言い出し始めます。
こうなるともう殺され損です。綾瀬コンクリ殺人事件の連中ものうのうと社会に戻ってきてますしね。ほんと、脳に欠陥を持った香具師が多杉内。さらには、「自分らしく」とか「自由に生きる」とか「個性を伸ばして」といった『エゴ肥大&自我肥大化計画』が絶賛進行中の世の中、我慢も辛抱も知らぬ糞がどこかの女子に懸想して、望み通りにならねば殺害するなど言語道断。
昔、なにかの本で「若い頃の苦労は買ってでもしろなんて言うけど、苦労なんて買ってまでしなくていい。楽して成功できるならそれが一番」と書かれているものを読んだんですけど、人間に対する理解がとても浅いですな。苦労、辛抱、我慢を知ることは人格形成にとても有益です。昔の日本人は辛抱強さでは抜群だったはずです。
親から甘やかされ、社会から甘やかされ、親の脛をかじって引きこもっていたこの糞野郎は、報酬系ドーパミンに唆されて、未成年の女子大生に乱暴して殺害。さっさと死んでしまえ、糞野郎。
世の中にはこういう腐れがたくさん蟠踞しています。だからこそ、まずは敵の第一撃を躱して逃走することが大事なのです。第一撃を躱すことに最大限のエネルギーを使い、次の瞬間には現場離脱に全力を尽くすのです。こういう奴に粘着された瞬間、「こいつは敵である」と脳に認識させるのです。敵であれば相手を斃さねばなりません。そう脳に認識させて潜在力を発揮するのです。
教育はすべからく、公的精神を涵養させるべく改善されねばならんでしょう。
學(がく)ヲ修(おさ)メ、 業(ぎょう)ヲ習(なら)ヒ、 以(もっ)テ智能(ちのう)ヲ啓發(けいはつ)シ、 德器(とっき)ヲ成就(じょうじゅ)シ、 進(すすん)テ公益(こうえき)ヲ廣(ひろ)メ、 世務(せむ/せいむ)ヲ開(ひら)キ 、 常(つね)ニ國憲(こっけん)ヲ重(じゅう)シ、 國法(こくほう)ニ遵(したが)ヒ、 一旦緩急(いったんかんきゅう)アレハ義勇公(ぎゆうこう)ニ奉(ほう)シ、 以(もっ)テ天壤無窮(てんじょうむきゅう)ノ皇運(こううん)ヲ扶翼(ふよく)スヘシ
学問を修め業務を習って知識才能を養い、善良有為の人物となり、進んで公共の利益を広め世のためになる仕事をおこし、常に国法を尊重遵守し、万一危急の大事が起ったならば、大義に基づいて勇気をふるい一身を捧げて皇室国家の為につくせ。
こういう方針を教育に盛り込むことで、フランス革命の残滓である「個性が大事」とか「自分らしく輝く」とか「好きなように生きていいんだよ」といった唾棄すべき今の教育を崩壊せしめることが出来るわけなのです。好きなように生きずに公益のために身命を尽くせと。一旦緩急あれば義勇を以て公に奉じよと。急がねばなりませんな。
そもそも、自分らしく輝くなんて言う前に「汝自らを知れ」を良く噛みしめるべきでしょう。自分が何者かも知らぬのに自分らしくどう輝くのか……。ましてや少年期や青年期などは自己発見の真っ只中。自己なんてまだ確立もされていない状態。そんな子供に「自分らしく生きていいんだよ」とは笑止であります。子供たちを教えている教師が自らを知らぬのであります。知らぬまでも知ろうとしてもいないのであります。
日本人が一番強く、そして一番輝く時は、公のために生きる時です。そういう教育を幼少期から為すことで、こういう人間もどきの糞野郎の発生を少しでも減らせるのではないかと。そう思うわけです。
ま、左翼どもはこの教育勅語復活だけはどうしても避けたいので、理屈は抜きにして感情論で突っ走りますがw 察してください、その筋の方々ばかりです。
http://bunshun.jp/articles/-/2387?page=2
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/50764







