amato

時間軸を通じて様々な出来事や歴史的なエピソードを綴る

2019年02月

禁煙ファシズムには反対

 別にNHKの肩を持つつもりもないし、歩行喫煙してる糞は死んだ方がいいと思っているんやけどね。この受動喫煙撲滅機構とかいう全体主義者の団体が糞過ぎてもうww

 「いだてん」抗議の受動喫煙撲滅機構 批判に「たばこだけが堂々と出ているのは変」と反論


 この全体主義者達の言い分はこれ。

(1)『いだてん』において、受動喫煙のシーンは、今後絶対に出さないでください。

(2)『いだてん』で、受動喫煙場面が放映されたことについて、番組テロップなどで謝罪をしてください。



 この理屈ならば、戦争はよくないので戦国時代を描くのはダメ。歌舞伎などでは煙管で粋に一服するシーンなんかがあるが、これもダメ。犯罪は良くないので映画やドラマで犯罪を描写するのはダメ。さらには犯罪者もよろしくない存在なので犯罪が出てくる映画やドラマを作るのもダメ。高カロリーなジャンクフードも良くないので劇中に登場させるのはダメ……。とまあ、いろいろ出てくる。


 さらに言うなら、禁煙ファシズムはヒトラーと同じ全体主義を連想させるので存在自体がダメ……。こういう理屈も当然ながら出来るわけだよな?


 とにかくこういう原理主義かつ全体主義者のせいで息苦しいんだよ。存在の副流煙がぷんぷんと漂ってきてさ。ファッショには断固として立ち向かうぞ。別に俺はNHKなんて大嫌いだけどね。ファシズム反対!


 禁煙を含むすべての全体主義者どもの人間性に逆行する狂信と野望に抵抗し、侵略と抑圧の左派ファシズムを断固として打ち砕こうではありませんか。


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黒楽


 福岡三越で京都展が開催中なのでふらふらと行ったりして……。そして、ふらふらと茶道具の店に……。さらにふらふらと目に入ってきた『土田友湖』の袱紗。いやいや、まだ友湖の袱紗など早いわ……と目を逸らしたところ、そこには美しい『黒楽茶碗』が。やめてくれ……わしは物欲なぞもう。


 わしの変化を鋭敏に感じ取った男性店員が静かに近づいて来る。「弊社の社長が大徳寺のご住職と懇意にしておりまして……ええ、もうそれは……ええ、左様でございます」と畳み掛けてくる店員。黒楽が「私を買って頂戴。待ってたよ」と囁いてくる。


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 たまらんのう……。よし買うてやろう。帰りの紙袋の中には、囁きかけてきた『黒楽』と『友湖の袱紗』が。そして、なぜか包丁用の砥石と漆器の皿が……。惨敗を喫した去る一日でした。

剣道のこととか

 高校の頃の部活は剣道部ですね。なにゆえ剣道部かと言いますと、ちょうどその頃『俺は男だ!』というドラマの再放送をやっていて、なんとなく剣道もいいなと思ったからです。

 


 そんな軽い気持ちで入ったものだから結構大変でした。延々と素振りをやらされましたが、段々とこれが振れるようになってきたんですな。一緒に入った同級生のA氏という奴もいたんですが、そこはほら私のことですから、もともと剣術のセンスは抜群。あっという間に素振りを卒業してしまいました。


 そんな時、他校に練習試合に行ったわけですが、そこの剣道部に『上段の構え』の選手がいました。その選手の苗字が『段上(だんがみ)』君。段上が上段という回文のような存在でした。すると、うちの顧問の先生が「おい、おまえ明日から上段やれ」と私にお命じになったのです。こういう構え。


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 この構えは竹刀を振り上げる動作が不要なので、相手に防御の反応をさせる暇を与えずに打突できるのです。だって最初から頭上に構えているからね。ただ、よく見ると胴も喉もがら空きです。ということは、相手はここを狙ってくるというわけです。下図のような感じ。


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 誰もがちゃんと喉当てを狙って的確に打突できるわけでもありません。大抵の場合、失敗して首筋に竹刀が滑り込んできます。これが痛い。そして、怖い。「いてーーんだよっ!」ってキレそうになるくらい。面や小手などは辛抱しますけど、直接に喉の肉に当てんなよって感じです。


 うちの顧問なんてわざわざ道場端の羽目板にまで追い詰めて来て、羽目板を背にして動けなくなった状態の喉を狙ってきましたからね。あんた殺す気か……って思いました。


 ところが、その恐怖を跳ね返す気構えと心構えがこの上段には要求されるのです。よって、別名を『火の構え』とも言います。剣先の延長線をぴたりと喉元につけてぐいぐいと押して来る相手を、こちらは気力を爆炎状態にバーニングさせて気で相手を押していくんですな。


 基本的に正眼(せいがん:中段)のリーチよりは、上段のリーチの方が長いので、相手はこちらの間合いには容易には入って来ようとしません。いきおい相手の攻撃は喉元への突き、あるいは出鼻を少し躱して出小手、ちょっと変わったところで面を受けてからの抜き胴という感じになるわけです。敵からすれば第一撃さえ躱してしまえばあとはなんとでもなるという感じでしょう。


 こちらとしては間合いに入った瞬間、一撃必殺の面打ちを相手の頭に叩き込みます。バッチリ決まった瞬間はもう打った瞬間に相手の膝が落ちるのが分かるほど。A氏は一度後ろにもんどり打って倒れましたし、女子の先輩はその場にうずくまるほどでした。ま、それまで散々にその女子先輩には抜き胴を抜かれてましたからね。


 昭和なので、稽古内容はかなり凄まじいものでした。日々落ちていくモチベーションを『六三四の剣』でなんとか維持してましたけどね。でも、まあやっててよかったかな、剣道は。舞台が岩手県の盛岡なので漫画では盛岡弁がデフォ。我が剣道部でもたまに盛岡弁で話したりしてました。「おめ、けな、折れちまっただかー!」とか。正しいかどうかわからんですがw いや、方言って正しいと思って使っていてもネイティブからしたら「それ全然違うからw」とか言われるからね。方言って楽しいね。


 


 さて、この『六三四の剣』という漫画には古澤兵衛という鬼みたいな爺さんが出てきました。熊本の霊巌洞近くの小島に住んでるという設定だったかな。宮本武蔵の二天一流兵法をこの兵衛も修行しているんです。漫画だけの話かと思ったら剣道にはこの二天一流もちゃんと残っているから面白い。


 


 しかし、真剣の打刀と脇差の二刀であれば多少の利はあるかも知れませんが、剣道の場合は打突部位を正確に打突する必要がありますので、二刀は少々不利だとは思うんですよね。


 つまり、刀であれば触れれば切れますので相手も二刀には警戒心を持って臨むわけですが、竹刀なら正確な打突しか有効打になりませんのであまり小刀を意識する必要はありません。結果、真剣の二刀と竹刀の二刀ではまったく異質な戦い方にならざるをえんだろうと思うわけです。


 そういう見方で上の動画を観るとこの二刀の選手(赤:白い道着)の試合巧者ぶりがよく分かります。終始押しているのは二刀の方ですね。相手(白:紺の道着)はどう戦いあぐねているようにも見えます。決勝に残るくらいなので、二人とも相当な巧者だろうと思うんですけどね。


 白方はしきりに逆胴を打ってますが、なかなか逆胴は有効打突になりづらい。攻めあぐんでいる様子がビシビシ伝わってきますね。ところが、ふと突っ込んだ喉への突きが見事に赤に決まって赤はもんどり打って倒れてしまいました。しかし、この突きは有効打突とは認められませんでした。


 倒れた状態ではあるけれども、まだ審判から「待て」が掛かっていない。つまり、試合は続行中なのですが、赤は油断をしてしまいました。そこにきれいな白方の面がスパンと入りまして一本です。普通は倒れたら「待て」を掛けますが、倒れた直後の打突は有効なのです。


 その後、少し感情的に揺さぶられたのか、上段からの突きを多用しはじめる赤。しかし、上段からの面打ちで一本を取り返します。この人は普通に上段の構えとして巧いですね。むしろ二刀じゃなくてもいいかも……という感じです。左手一本でこれだけのスピードと破壊力ですから、かなり鍛えている剣士ですね。


 最後は白の逆胴で一本、勝負ありです。逆胴は刃筋正しく打突するのが難しいので、なかなか一本にはならないのですが、やはり決勝戦に残るだけあって美しい逆胴ですね。


 それからこちらは居合です。黒田鉄山さんのネ申白勺抜刀術をご紹介しましょう。二本目の抜刀は正直なところ、見えませんね。気づいたら袈裟懸けに斬られていたというレベルですw 袈裟懸けは痛いので首を刎ねて欲しいものです。


 


 こちらは剣道のいろんな一本を集めた動画です。最初は「え? 何が一本? どこがどうなってんの?」って感じでしょうが、何度も観ているうちに段々と打突が見えてくるようになります。ぜひどうぞ。


 
 
 

かっこE


 失敗パーマの話は意外にも反響を呼び、複数の人から共感のお便りを頂きました。「東大寺の大仏を観に行った時に、海外の友人から『あの大仏、あなたと同じ髪型ね』と言われ、それ以来『daibutsu』としか呼んでくれない」だとか、「失敗パーマの写真でひとしきり大笑いした後、『ありがとう。元気になったよ』と言われた」とか……。


 やっぱり、パーマは失敗も多いようですね。でも、「ランチの時にあの記事を読んで吹き出した。飯テロかよw」という春菜バリのツッコミをもらいましたが、そんな事言われてもw



 懐メロもね、よく知ってますねと言われますが、昔から聴いてたんでね。これでもセーブしているくらい。軍歌も好きですけど、懐メロも好きですよ。てか、懐メロって思ってないんですけどねw


 では、今を去ること33年前に流行ったこの曲をご紹介致しましょう。てか、これ33年前とは思えませんよね。なんなんですかね、この完成度w ブラスの金管楽器がまたかっこE


 

ながぶちのうた

 今の長渕さんの「ゴルらぁ!!」も嫌いではないのですが、やはり昔の音源もまたいい。スリーフィンガーで掻き鳴らすメロディラインも美しい。ちょっとご紹介しておきましょう。


 この『ひざまくら』は「まさおのひざまくら」で有名ですね。LIVE音源があるんですが、そっちの方が有名でした。会場で一番大きな声を出した人の名前を使って、この『ひざまくら』を即興で長渕さんが歌うんですが、一番大きな声を出した人が「まさお」という男。長渕さんは「なんで(男の)お前の名前を俺が歌うんだよw」と苦笑しつつも歌ったLIVEがありました。探したけど、つべにもなかった。ということで、原曲いっときましょう。

 



 そして、この『夏祭り』もとても美しい曲ですな。もともと彼は繊細な歌詞が書ける人なんですな。福岡ではその昔、新宮霊園というテレビ広告の歌も歌ってました。

 

 


 
 この『素顔』という曲も古い曲ですが、もう今の長渕さんじゃ書きませんね。でも、哀愁漂う隠れた名曲であります。

 



 この『二人歩記』も初期の頃の名曲です。初期の音源を探したんですがなかったので2013年のLIVEバージョンをご紹介しておきましょう。

 


 
 こういう古い歌は福岡市中央区にある『照和(しょうわ)』で毎夜歌われたものでしょうね。アマチュア時代の長渕が歌い、井上陽水が歌い、海援隊が歌い、甲斐よしひろが歌い、チューリップが歌い、藤井フミヤが客としてきていたというライブハウス&喫茶。一時期は閉店していたと思うけれども、今は復活して存在していると思います。


 そういえば、スピッツのマサムネ君も同郷なんすよね。あいつは早良区出身ですしね。行った高校が違うわけですが、同じ高校なら1個上か2個上の先輩になるはず。では、最後にそのスピッツの歌でも置いておきましょう。


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 すみません。間違えました。こちらでした。

 



I feel coke


 コーラを飲むと骨が溶けると言われ続けてきましたが、やはりたまには飲みたくなるのがコーラ。しかし、こうしてコーラのCMを見返すといいCMですな。世相を反映している光景が当時の雰囲気を感じさせますね。初期の頃は外人が多かったと記憶してますが、このシリーズは日本人を起用してます。今の騒がしいCMと違って、CMもまたいいですな。

 

つづき

 大仏パーマを落とした後も心の傷が癒えるまでには少し時間が必要だった。先輩達から大仏パーマを嘲笑され、道行く人達の冷たい視線に晒されて箚さくれだった俺の心は意外にも傷ついていたからだ。


 もう二度とパーマなんてかけねぇ……。俺の頭を螺髪にした美容室を装った床屋の前を通る時も俺は足早に背を向けて走り去った。


 それから1年後くらいだったか。福岡でアジア太平洋博覧会(1989年)というエキスポが開催された。ちょうどバブル全盛期で、各企業は湯水のように予算を投下して贅沢なパビリオンを建設した。


 学生だった俺もナイトパレードのダンサーとしてこのエキスポでバイトした。実質拘束時間は45分間程度でダンスは場内3ヶ所で行われるだけ。着ぐるみを着て踊るだけで1万円を現金でもらえるバイトだった。2分44秒からこのパレードの模様が映っているが、このパレードで踊っていたのである。もしかしたらこの中に映っているかも知れないけど。


 


 稼いだ金で中型バイクのローンを完済し欲しいものを買うなど物欲の限りを尽くした。まさにバブリーな時代である。夜は仲間たちと街に繰り出し朝まで痛飲する。まだ20歳だったのでアルバイトに来ていたJK達は2〜3個下の世代である。そんなJK達に鼻の下を伸ばしていたのもこの頃だ。


 同じダンスチームのリーダーだったガテン系のY氏(29歳、独身)からも「楽しそうやな、あんた」とちゃちゃを入れられる始末。ま、そういうY氏もでっかいアメリカンタイプのバイクを駆って、大人の女性達と遊びに行ってたので人のことは言えまい。


 とはいえ、そうなると、ちょっと色気づいて来るのが若者である。「なんかもうちょっとこう……いい感じにならんかな」と思っていると、近所にロジェールという美容室が出来た。店構えを観ると床屋ではなさそうだということで、早速に入ってみた。


 うやうやしく畏まる男性スタッフに「こないだはパーマで失敗したから今度はしたくない」と心情を吐露すると、「お任せください」と胸を張るスタッフ。「お客様の髪は少々固めなので、このびんの部分をこうしてこう……この部分はこうしてパーマをかければ問題ございません」みたいことを語るので、じゃそうしてくださいと頼んだ。段々と眠くなり……そして深い眠りについた。



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 で、起きたらこうなっていた。確かに前回の螺髪ではないけれども……これはありなのか? これはイケてるのか? もう自分がわからなくなっていた。あんだけ胸を張って「お任せください」と言い切ったこの店員……。ひょっとしたら東京ではこれが流行っているのか。福岡が遅れているだけかも知れない。いや、きっとそうだ。表参道辺りではみな男はこんな髪型になっているのかも。


 俺の自己正当化はこうして進行していき、俺は前回打ちのめされた大仏パーマとは違った意味で、少しだけ誇らしく店をあとにした。俺を見ろと……。これがナウいヘアースタイルだと。おい、そこの女子高生、俺を見ろと。なんだ……なんで目を背けるのだと。


 ローンを完済したバイクに乗って颯爽と職場に向かう俺。表参道で大流行のこの髪型でもうバイトの女子高生もイチコロだな……とヘルメット内で笑みがこぼれる。職場についてバイクを降り、Y氏が愛車を乾拭きして磨いているところに近づく。ヘルメットを外してY氏に挨拶をする俺。


 俺:ういーーっす!

 Y:!!??(俺を見て言葉を失う)

 俺:へ?


 Y:あんた、ビックヘッド君になっとるばい……っぷっ!



 ビックヘッド……? 大きな頭……? え?


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 それから暫くの間、みなでカラオケに行ってもY氏から「それではビックヘッド君が歌います。ZIGGYのぐろりあです、どうぞ!」などといじられる始末。もう二度とパーマは掛けぬ。不滅の戒めを自分に課したのである。


 

テレビがつまらん件


 地上波のB-CASをテレビから引っこ抜いて完全に地上波とおさらばしている。Amazon fire TVさえあればもはや地上波なぞ無用。糞つまらぬ地上波番組なんぞはもう金輪際観なくても結構である。


 とはいえ、昔の番組などはたまに「おすすめ」されちゃうので観る。こないだなんかアレですよ、アレ。『連想ゲーム』なんかがおすすめされっちゃって思わず観ました。「壇さん大和田さん、壇さん」とか。ぬう、おもしろいやないかい……。おかしい、テレビに飽きたはずなのだが、おもしろい。


 次のおすすめは、『巨泉のクイズダービー』。今じゃ大御所のビートたけしを「たけしっ!」と呼び捨てに出来る大橋巨泉がぐいぐいと引っ張っていくこの番組。「篠沢教授に全部」は、やってはいけない禁じ手の代名詞でしたね。これも面白い。普通に今でも観られる。


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 ま、アレですな。テレビ番組がつまらないんですな。テレビがつまらない理由として、ネットにいくつか理由が転がってます。でもまあ、個人的にはこの方の意見が一番首肯できる。


 つまり、完熟してしまった日本社会が息苦しいからだろうと。昔の志村けんの番組なんて、おっぱいを丸出しした腰元が映ったり、大人しか観れない深夜番組があったり、テレビマンも自由に好きな番組を作れたんですな。低俗な番組もあれば知的好奇心をくすぐる番組もありました。つまり珠玉混交だったのです。テレビもラジオも広告も学校も会社も……良くも悪くも玉石混交。


 ここのところなるほどって感じです。

 『昔よりも面白くない』なんてもの、テレビ以外にもあふれてないか?先週お伝えした逗子海水浴場のニュース。

 あまりにもお客さんの…特に若い男女のマナーが悪いという苦情が相次いだらしい。このままでは、安心して子供を連れて行けない、と。

 逗子市は逗子の海岸を「日本一安全でマナーのいい浜辺」として利用できるようにしよう!と決断。結果…

・酒はダメ
・刺青は論外
・音楽もかけちゃダメ

 逗子海岸は今年施行された法律により、日本一、間違いなく「マナーが良く」「子供にも安心して楽しめる海岸」へと生まれ変わった。

 そして、大きな問題が発生した。

 海開きは7月1日。そこから2週間がたち、逗子海岸お訪れたお客さんは1万3千人。

 去年の同時期は…

 7万4千人だった。

 なんと、客が激減。7分の1の客数では周囲の海の家や旅館は立ち回らない。



 ダブスタ礼賛の左翼的な世の中はマイノリティを尊重し過ぎて息苦しい。テレビに限らず、いろんなところにルールが網の目のように張り巡らされていて身動きが取れない。でも、本来、生き物としての人間なんて案外ルーズなもので、『あそび』の部分があるのが普通です。『あそび』のないブレーキなんて運転しづらいし、乗り心地も悪いしね。


 でも、左派がこういう『あそび』を世の中から徹底して駆逐していった結果、世の中の酸素が不足しちゃって息苦しいわけです。昔の営業マンなんて午前中にガガーーっと仕事して成績をあげてしまえば、午後からは喫茶店で雑誌を読んでたりしてましたよね。それでよしとする懐の深さもありました。


 でも、今じゃ車のエンジンを掛けた時点でGPSに連動。グーグルマップ上にGPSが表示されて今どこにいるのかすぐに分かる。コンビニに立ち寄っただけで社長から「なんでローソンに寄ってんだ?」なんてスマホに連絡が入るとかざらw うちに来る営業マンも「仕方ないっす」と諦めてます。
 https://smartdrivemagazine.jp/useful/gps-management/


 ネットが今のところ面白いのはある意味、管理や監視の目が行き届かないから自由なのです。基本的には何を書いても何を表現しても自由。これが面白くない左派はDOS攻撃などを駆使して鯖落ちを狙ったり、ヘイト投稿ガーなんて言って垢のBANを狙ったりしていますよね。つくづく全体主義が好きなんですな。


 小学生の時なんて親父が見ていたウィークエンダーのドラマを障子の隙間から覗き見してましたしね。ちょっとエロなシーンが出たりして生唾を飲んでいたところ、障子をバチンと閉められたりねw


 そんな『あそび』がたくさんあった昭和の生態、ちょっと調べてみました。

 ◯高校生で居酒屋で普通に飲み食いできた
  これはごくごく普通でしたね。クラスマッチの打ち上げなどは居酒屋で普通にやってました。

 ◯小学生でもタバコが買えた
  親父から「マイセン買ってきてくれ」と頼まれて普通におつかいに行ってました。

 ◯テレビは叩くと映った
  テレビは叩けば確かに映るんですよねw

 ◯原付きはヘルメットなしでもOKだった
  なんせ原付き自転車ですからね、最初は。

 ◯縁日のひよこがカラースプレーで着色されていた
  ひよこは大きくなったら学校の生物係に寄付してました。

 ◯学校では『藁半紙』のプリントがデフォ
  
 ◯女子は三つ編みが多かった
  悪ガキだった私は女子のおさげで『オーエス、オーエス』とやって先生から殴られた。

 ◯テレビにはUチャンネルがあってそれをぐりぐり回してチャンネルを合わせる局があった
  一般的には『Uちゃん』と言ってましたね。

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 ◯電車、飛行機、バスとどこでも喫煙可能だった

 ◯ゴミの分別などなくなんでも一緒に廃棄可能だった

 ◯学校の先生の鉄拳制裁はデフォ

 ◯教育指導の先生は常に竹刀を持って校内を警らしていた

 ◯カセットテープの巻き戻しは鉛筆

 ◯爆竹は駄菓子屋で箱買い出来た
  その爆竹でじゃんじゃん遊んでも大人は華麗にスルーしてくれていた

 ◯少々の怪我は赤チンで治した


 とまあ、ざっと思いつくまま書き綴りましたが、詰まるところは『昔は自由だった』ということでしょうね。よって、テレビも自由に番組を作れたわけで、面白いものがたくさんあったのでしょう。   

あまとつべ 2月2回目


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死人歩き

 コツコツと The Walking Dead を観ているのですが、なかなか先は長い。といっても、寝る前などに少しだけ観る程度なので中々先に進まないけどね。でも、やっと最強極悪のニーガン出現のところまで漕ぎ着けたぞ。

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 このドラマ、ただのゾンビ映画だと侮っていたらなかなかに含蓄がある。やはり、人気があるのも理由があるんやね。北斗の拳のような無秩序状態、人は死ぬと自動的にゾンビ化するという前提、その中で生き残った人間たちがどうやって生存していくか……。ここが物語にいろんな伏流を生み出すわけです。ま、最近はパターンが同じってことで飽きられつつあるようですが、それはつまり人間がそういうものであるからでしょうな。


 基本的にこのドラマでは『善人』である登場人物はどんどん死んでいきます。ある意味、生存のために手を汚せる人間や集団は目的を果たして生存していきます。もちろん、『悪人』は目的のためには手段を選びませんからやはり生存の確率は高まりますが、その思想や行動ゆえに殺害されていきます。


 ある悪人キャラが拘束されて、善人キャラがその悪人を見張っているシーンがありました。拘束されている悪人は、善人に「今すぐ赤ん坊を連れて車に乗って逃げればいい。俺ならそうする」というと、善人は「そんなことは出来ない」と突っぱねます。悪人は「あんたはいい人だな。でも、あんたも赤ん坊も死ぬぞ」と嘲笑します。結果、善人が少し目を話した隙に悪人は赤ん坊を人質にして善人を窮地に陥れます。


 察するに、DNAには生存のためのプログラムが埋め込まれているので、人間は生存しようとするわけです。で、生存のためには手段を選ばないわけですが、これらの傾向は乱世になると色濃く出てきますな。日本でも室町末期のヒャッハー戦国時代などはその典型といえましょう。


 これは人体でも似た傾向があると聞きました。たとえば、人間の体は治癒力が備わっていますので、少々の切り傷や刺し傷ならば体はなんとか傷口を元に戻そうとして体を修復していきます。しかし、現代人は昔の人のように日常的にあまり怪我をしない。そのため修復能力を使う機会が昔ほど多くないのだそうです。そうなると、体内にがん細胞を作ってしまうのだとか。修復能力が落ちないように体内でがん細胞を作るということなのでしょう。


 もちろん、人の体ですから決定因子はひとつだけではないでしょうが、これも首肯できる話であります。そして、最終的には主を殺すか、がん細胞自体が除去されるかという結果に至ります。


 戦国時代のヒャッハー達も手当たり次第に悪の限りを尽くすわけですが、そういう連中はその行動と思想ゆえに段々と淘汰されていきます。もちろん、純粋培養の善人もその行動ゆえに淘汰されていきます。その中で、強力な統率力を持った善悪を止揚する人物が歴史の中に現れるのです。そういう人物によって、社会に秩序がもたらされます。


 信長公はヒャッハー度数も抜群であったでしょう。義兄弟であった浅井長政の髑髏で酒を飲むなんて普通の人には出来ませんね。なにそれこわい……って感じでしょう。敵認定すれば容赦なく根切り(皆殺し)です。しかし、実弟を殺害される等あれほど手こずった石山合戦であっても敵方トップの顕如を赦免しています。「以後、武装しないのであれば信仰は許す」と言うわけです。そして、現代に至るまでの秩序をスタートさせているのです。


 人間はメタレベルで見ればいろんな人間が存在するわけで、無秩序状態ではDNAの生存本能に従って行動していきます。生存本能に従って行動してもそこには環境・能力・経験・学習などの個体差があるので、極悪から極善にまで度数分布に振り分けられていくのです。そして、極悪はその極悪ゆえに個体数を減らし、極善はその極善ゆえに個体数を減らしていきます。


 歴史上、稀に極悪から極善までを帯域でカバー、あるいはその上のメタレベルで止揚するような人間が出現します。そういう人物は極悪にもなれますから同じ極悪個体を速やかに駆逐して駆除していきます。同時に極善も理解できるので以後の社会を見通して秩序を作っていきます。結果、人間が極端な行動に至らない限りは生命身体財産が保全される社会が作られます。


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 このようにメタレベルで見ればカオスとはまさに状態であって、秩序へ向けてのプロセスの一つであることも分かります。同時に『秩序』は完成した瞬間、崩壊に向けてのプロセスを開始します。こういう大波小波を歴史上、延々と人類は繰り返してきたんでしょうな。


 ウォーキング・デッドを観ていてそんなことをつらつらと考えてしまいました。と、私にそんなことを考えさせるドラマということで、耐性がある方はよかったらどうぞw


 ちな、ここでいう善悪はキリスト教的な二元論ではござりませぬ。マズローのいうところの生理的欲求や安全欲求を満たすためなら他者を殺害する事に一切の抵抗も感じないこと。あるいは殺害そのものに喜びを感じるような個体を便宜的に『悪』とし、その逆を便宜的に『善』と定義しておりまする。

 
 maslow


 


 
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