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時間軸を通じて様々な出来事や歴史的なエピソードを綴る

2021年02月

バブル以来とか

 日経平均がバブル以来の爆上がりとのニュースが出たのが一週間前。一転して、昨日は1000円下落なんてニュースが出てました。

 なんでしょうねえ、バブルの頃に大学生だった私からすれば、国民にマネーが回ってる感覚はありませんし、バブル以来なんて言われてもへえとしか思いませんね。

 株価の値上がりで借金を返したいって人やキャピタルゲイン狙っている人には有益なニュースでしょうが、別にバブル以来だからどうのこうのって話はいりませんね。ま、バブルは悪者にされてますが、別にバブルそのものが悪いわけでもないですしね。


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良い歌

 今は時代劇は全く無くなってしまいましたが、昔は結構あったんですよね。特に年末時代劇は二夜連続って感じで見応えがありました。今こうしてダイジェストを観ても俳優さんや女優さんがとても素晴らしいですね。汚染された現代とは格が違います。


 この白虎隊は私が高校1年の正月だったかな。今でも魂が震えますね。主題歌は堀内孝雄さんの『愛しき日々』です。このドラマで「ならぬことはならぬもの」を覚えました。會津中将松平容保の役を演じた風間杜夫さんもいいですね。神保内蔵助には丹波哲郎。たまらない配役でした。しかし、この頃には良い若手俳優だったのに汚染されちゃったのもいますがw

 


 その前年には忠臣蔵がありました。私、高校受験の年だったかな。初めて忠臣蔵全編を観たのがこの作品でした。また、この主題歌がいいですねえ。こちらも脇を固める俳優さんや女優さんの素晴らしいこと。ため息がでますな。

 この作品、テレビ局上層部が「今更時代劇かよ、草アっ!」とバカにして潰そうとしたのをなんとかとりなして撮影できたのだそうですが、今でも心に残る名作品となっていますね。

 


 
 おすすめに出てきたのがこれ。二百三高地という映画です。ま、多言は要しないでしょう。この日露戦争があったからこそ、日本は植民地にならずに済んだという冷厳な事実。さだまさしさんの歌がまた響きますね。

 


 こちらは連合艦隊のテーマ曲。中井貴一さんが若いですね。まだあどけなさが残る感じです。これも中学生の頃、観てました。その後、連合艦隊の本を買って勉強してオタクになりました。

 


 さて、今日は226事件の日ですから、これも上げておきましょう。

 

寅さん

 寅さんは大好物なのですが、この武田鉄矢さんが出るやつは最高に好きでした。確か、寅さんが熊本の温泉宿か何かに宿泊していて、さくらさんが宿代をもって迎えにいくシーンからスタートだったかと思いますが、武田鉄矢さんの訛りといい縁起といい、すべてがパーフェクトで最高です。

 さて、このシーン。紅菜々子(木の実ナナ)が浅草のレビューで舞台に立っているため、寅さんは紅奈々子の舞台を観に行こうとします。

 そそくさと出かけようとしたところで、おばちゃんに嫌味を言われてもたもたしてしまいます。熊本から後藤留吉(武田鉄矢)が上京してくるシーンですね。昭和の風景もまたよしです。

 

あまとつべ 2月 3本目

 では、今月3本目っすね。
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おすすめの小説

 読者さんから「天戸さんは難しい言葉をよく使いますがどこで覚えたのでしょうか」という質問を受けたことがあります。もちろん、基本的に読書なのですが、以前は単語帳を作って覚えました。といっても、普通の小説にはそれほど難しい熟語なんてありませんから単語帳など必要ありません。

 そこでおすすめしたいのが、宮城谷昌光さんのシリーズです。おもに古代シナの偉人達に焦点を当てた小説をたくさん書かれていますが、とにかく難解な熟語が多いのです。この方の本を読み、そばにメモ帳を置き、ひたすらに読んでいきました。

 もちろん、内容もすこぶる面白いですよ。それこそ殷から春秋戦国、後漢までのいろいろな偉人や英雄達を独自のタッチと文体で描いています。なんせ鮮卑が出てこないのがいいですね。


 最初は重耳(ちょうじ)がおすすめです。あとは孟嘗君(もうしょうくん)や樂毅(がっき)なども面白いと思います。ネットにもファンがいるようで、好きな一文を抜書きしてくれています。少し紹介してみましょう。

 自宅にいなくちゃならない方も多いでしょうから、骨のある宮城谷昌光さんの小説、ぜひ挑戦してみてください。


徳は、生まれつき、そなわっているものではない。積むものだ。足もとに落ちている塵をだまってひろえ。それでひとつ徳を積んだことになる。
 『華栄の丘』(後漢再興の話)


王とは、この世で、もっとも、というより万人にかわって、恭み、蹇しみ、劬める者でなければならない。
『天空の舟』(商建国の話)


人は生まれつき均しくない。それがわかっていながら平等感を欲している。ところが、人は平等でありたいと思いつつ、自分だけは特別である、と思っている。
『孟嘗君』(戦国四君のひとり)



雪はみせかけでございます。雪の下では、すでに春にむかっての動きがはじまっております。
『重耳』



 しかし、なんですか。南朝最後の陳が滅亡したのが西暦589年ですから、漢人のクライマックスはやはり紀元前1000年頃って感じなのでしょうね。

漢人のおはなし

 勤勉で賢く質実剛健だったローマ人がすでに存在しないように、義に厚く勇敢で知恵のあった漢人もすでに存在しないわけですが、いったいいつまで漢人はいたのでしょうか。

 純血という意味でいうなら厳しく見積もって三国志の曹操孟徳が建国した魏、その後継の西普や東普、そしてもう少し下がって陳。もう少し緩く見るなら南宋までということになるでしょうね。

 シナの場合、南北朝時代の時には南朝が漢人の流れとなりまして、北朝がいわゆる北狄とか西戎という非漢人の流れとなります。彼らの言葉で鮮卑といいます。

 鮮卑は北魏という国を建国しまして、この流れが非漢人の北朝の流れとなるのです。対して、代々の漢人の流れが南朝となります。この辺りを押さえておくのがシナ歴史を楽しむコツです。

 北魏では支配者層が鮮卑で、非支配者層が漢人です。いわゆる公用語は鮮卑の言葉になり、漢人が使っていた言葉はマイノリティになりました。そこで北魏は従来あった漢字を鮮卑にあったものに改変しまして碑別字というものを作りました。

 対して、西晋が滅亡後に南に移動して建国された東普の方では支配者層が漢人で、非支配者層が呉越の人々になりました。呉越といっても三国志の呉の末裔ですから漢人ですね。ですから、言葉でいうと南朝の方がもともとの漢人の漢字であり音であるというわけです。


 そして、面白いことに古代日本が敬愛して朝貢していたのは南朝の漢人の方でした。親魏倭王という金印をもらったりしていますね。日本の歴史教科書では聖徳太子が中国の皇帝に発したとされた例のあの手紙ですが、覚えていますか?


 例のアレ


 まず中国の皇帝に出したというのも閉口ものですが、聖徳太子が出したと半ば公然と教えられていることにも唖然とします。隋書俀国伝には、607年に倭国王の阿毎多利思北孤が使者を派遣してきたとの記述があります。聖徳太子や厩戸皇子などどこにも書かれてないのですが、これは日本側の都合で聖徳太子や推古天皇ということにしたわけです。


 では、どうして倭国王の阿毎多利思北孤(あまのたりしひこ)は無礼な手紙を隋皇帝に送りつけたのか。ここでシナの南北朝が絡んでくるのです。


 倭国王は漢人に朝貢していましたね。卑弥呼の邪馬臺国が魏に朝貢したり、瀬戸内の狗奴国が呉に朝貢したりしましたが、いずれも漢人の流れです。

 
 そして、魏呉蜀の三国志時代を統一したのは魏です。その後は司馬懿が西普を建国して、これが鮮卑によって滅亡させられてから東普となりました。その後は、南朝の宋、南朝の斉、南朝の梁、南朝の陳と続きます、いずれも漢人です。


 ですから、倭国王としては先祖代々血筋の明らかな漢人に朝貢してきたわけですが、その南朝の陳を滅ぼして中国を統一したのが、鮮卑出身の隋なのです。倭国王からすれば、隋などは同じ蛮族であるわけです。おまえらは鮮卑で、俺たちは東夷だろうが。偉そうにすんなということです。


 半島国家の宿命ゆえに、高句麗・百済・新羅は、素早く隋に朝貢して臣下の礼を取りましたが、倭国王は「漢人には臣下の礼を取るが、同じ蛮族である隋などに臣下の礼など取らぬ」とシカトしていました。周囲の国が朝貢してこないのは無礼であると隋の文帝はおこです。


 倭国王は「俺たちは南朝に臣下の礼を取っていたがすでに南朝がないのであれば、誰にも臣下の礼など取らぬ」と隋に使いを遣わしましたが、隋は「南朝は我らが滅ぼしたのでもうない。馬鹿者めが!」と使者を追い返します。


 そして西暦607年に2回目の使者が倭国から隋に遣わされ、「日出処の天子国書」が倭国王の阿毎多利思北孤から隋の煬帝に渡されます。「天子から天子にお手紙するよ、元気でやってる?」という手紙です。つまり、俺たちは同格だからおまえに臣下の礼など取らぬという決意表明ですね。


 これで激おこな煬帝は裴世清を倭国に派遣して「おまえらいい加減にしろよ。舐めてるとやっちまうぞ」と恫喝するわけですが、倭国王は完全スルー。しかし、外征するには戦費も兵隊も必要ですから煬帝は倭国を打擲することを諦めて国交断絶となったわけです。


 この後、隋の将軍(みたいなもの)だった李淵が唐を建国するのですが、彼の「倭国なんぞに舐められやがって……」という激情が白村江の戦いへと至るのですが、それは古事記・日本書紀講座でどうぞw


 ということで、漢人に対してはちゃんと臣下の礼を尽くした倭国王でしたが、蛮族には徹底して抵抗を貫いたというお話でした。ピュアな漢人の三国志の話などはとてもおもしろいのでぜひ読んでみてください。


 三国志に親しむには三国志演義という物語が面白いですよ。三国志を下敷きにした小説なのですが、楽しく読めます。中でも北方謙三さんの三国志は秀逸です。


 ちな、今のシナ人にはピュアな漢人などおらぬでしょう。ましてや中共などは鮮卑以下。日本と反りが合わないのも当然っちゃ当然なのです。


 
 金城武演じる蜀の軍師諸葛亮孔明さん

 
 
 


 

やはりこれです


 どうも私はもうおっさんになってしまったからなのか……。こういう若者が一糸乱れずに分列行進していく姿を見ると感動して目頭が熱くなってしまうのでございます。死に番はおっさんに任せて貴殿達は新しい日本のために尽くしてくれとか思ってしまうのでございます。

 

昔の話

 よく「昔はよかったよなあ」なんて言うと、反射的に懐古厨乙とか、おっさんホイホイとかディスられるわけですが……。実際、良かったと思うんですよね。

 なぜかというと、やはり今とは格段に自由があったからです。良くも悪くも自由。発言も自由だし、行動もある程度自由だし、大人は子供をいい感じに放っておいてくれたしね。

 学生の頃だったか、喫茶店に入ると外回りの営業マンのおっちゃんがタバコを吹かしながらコーヒーすすっててね。何時間もそこで時間調整しているわけですが、実は午前中に仕事を済ませて数字をあげてるから午後からはのんびり過ごしていたりとか。会社側もある程度それを大目にみていたりとかするわけですね。

 今のように営業車にGPSをつけてどこを時速何キロで走っているかとか、車載カメラが運転手にも向けられていてそれをずっと監視されているとかなかったわけですよ。

 同調圧力もあるにはあったでしょうが、基本的にはみな自分が生きることに一生懸命だったしね。赤の他人のすることにいちいち嘴を挟んだりしませんでしたしね。

 ま、そりゃたまには叱られましたよ。野良犬に銀弾鉄砲をバンバン撃ちながら追いかけたりした時には通りすがりのおっちゃんから「こら!」って叱られましたけども。私としては犬追物をやっていただけでしたし。すみませんでしたーーって謝りましたけど。

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あまと氏犬追物をあそばされるの図


 そりゃ、スマホやネットの発達で確かに便利にはなったかもしれませんけども、どっちがいいかって言うと、やはり私は昔がいいかな。そういう意味では昭和30年代から50年代にかけて大人だった人たちは羨ましいです。大変なことも多かっただろうけど、楽しかっただろうなって思います。


 ま、今はポリコレなどの言葉狩り。さらに同調圧力が強すぎて全体主義。赤の他人でも相互に監視する監視社会。個性を大切にして自我の暴走を法的に許す社会主義。こんなのやはり息苦しいですわ。

 なんか日本はスクラップ・アンド・ビルドしないとダメかなって思いますね。そろそろ一度スクラップしてまた再構築せなあかんかなあと。そんな感じっすね。


 
 

生首無双

 元寇ネタということで少し触れておきましょう。元と隷下の朝鮮軍はまず対馬、そして壱岐を襲撃しまして、まずはここの守備隊であった平景隆が奮戦むなしく自害。

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 次に肥前沿岸部を襲撃し、これに応戦した松浦党が多勢に無勢で壊滅。ちな、安倍元総理の先祖はこの松浦党で元・朝鮮軍相手に奮戦。

 元軍来襲の急報が鎌倉はもとより九州中の御家人にもたらされ、鬼神と化した御家人が一路太宰府に集結を始める。

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 しかし、筑後川は難所のひとつ。大部隊がこの川を速やかに渡るのは至難の業。もたもたしていると敵軍の博多湾襲来に間に合わない。

 そこでこの辺りを領地としていた神代良忠(くましろ よしただ)が、船を連結した浮橋を作って薩摩や肥後の猛者を速やかに対岸へ移送する作戦を敢行。竹崎季長もこの渡河作戦で無事に筑後川を越えて北上再開。神代、GJ!

 元軍、百道浜から上陸して西新を経て麁原(現在の早良区祖原)に本陣を置き、さらに赤坂山(現在の福岡城)へと前線基地を敷いて部隊を展開。

 九州一円の大小の御家人が続々と集結。迎え撃つ総大将は少弐景資(しょうに かげすけ)。太宰府を本陣として博多湾方面へと部隊を展開。

 この間、敵の攻撃に最初は苦戦。博多部深く攻め込まれるも徐々に盛り返して敵の前線を押し下げる。

 また、肥後の御家人菊池武房(きくち たけふさ)、辛抱しきれずに敵を求めて探索中、赤坂山に伏せていた元軍を発見してこれを攻撃。たまらず潰走する元軍を追い立てまくって麁原まで追撃。結構、距離あるけど大丈夫か状態。

 そこで待ち伏せていた肥後御家人竹崎季長、麁原山でひしめき合う元軍によだれが止まらず突撃しようとするも郎党に諌められる。

 郎党:味方がおっつけきますばい。証人ば立ててからひと当てしまっしょ
 竹崎:武士の道は先駆けと決まっておろうが!とつげきーーっ!

 制止を聞かずに突撃する竹崎軍の猛攻にたまらず元軍はじりじりと退き下がる。そこに味方の援軍も着到。元軍はたまらず潰走。ちな、竹崎季長、敵の毒矢を受けて負傷。でも、突撃という鬼神ぶり。

 さらには鳥飼潟(現在の中央区鳥飼)の合戦では両軍が正面衝突。古文書で「異賊ヲ斬ル事夥シ」と書かれるほどに、御家人達は敵方を手当り次第に斬って斬って斬りまくり。「どうだ、日本刀の味は?臓腑に染み渡ろうがwww」と狂喜乱舞。

 元軍が武士の首を打ち取れば、それを取り返そうと鬼の形相で攻めかかってくる。生首を求めて押し寄せる御家人軍団、おそるべし。「くび、かえせー、くび、かえせー」とか夢でうなされる。

 そうかと思えば、矢盾代わりに人質を結びつけ「どうだ、これで自慢の弓も撃てまい!」とほくそ笑む元軍に対して、なんの逡巡もなく雨あられと矢を射掛ける御家人。人質もろともにハリネズミにしてしまう御家人の鬼畜ぶり。


 神風でなんとか助かったというけれども、やはり御家人の鬼畜ぶりも凄かったようですな。


 これがビジュアライズされて面白かったです。ちな、私の父方の先祖は菊池家家臣団に名前があるようですから、この時赤坂山で生首無双していた可能性がありますなw

 
 
 

 


 
 

 

 

clubhouseしてみた

 じわじわ来てるclubhouseですが早速アプリを入れてみました。まだアプリをインストールしただけですが、なんかちょっと可能性を感じそうな雰囲気。これからどうこなれていくのか楽しみっす。

 ただ、この手のアプリ、中身が問題だったりもするのでね。突然、グロ御用達だったりすることがバレることもあるので、注意しながら使っておきましょう。

 完全招待制なのですが、私と面識があってご興味ある方はご招待可能ですので、メールしてください。なんとかやってみます。

 iPhone限定+本名推奨というハードルの高さ。加えて、招待には携帯番号が必要かもしれないので、私に番号を晒しても構わないという猛者限定となりますがw


 ただ、チャイナからのアクセスが過去あったとのことなので、その辺りでやばいと思われる方は控えておいた方がよいかもです。一応、運営は……

 Clubhouseを運営するAlpha Explorationは、研究者グループへの回答の中で「割合は小さいものの、一部データが中国のサーバーを経由していた場合がある」と言及しています。その上で「今後72時間で追加の暗号化措置を施し、また中国のサーバーを経由しないよう対策を実施する」と回答しています。


 出来るかどうかは別として、チャイナを排除しようとはしているようですw

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