ヤーヴィンのことをいろいろと本だったりYouTubeだったりで視聴しているわけだけれども、必ずといっていいほど「それでも民主主義が一番大事なんだ」というコメントなどを散見するわけですよ。しかし、敢えて立ち止まって考えてみると......果たしてそうかと。

 民主主義とは、国家や組織の意思決定において、構成員が最終的な決定権を持つ政治体制や思想民主主義なのだそうです。少数の支配者による特権を認めず、全員の参加や自由な議論、選挙を通じて社会のルールを決める現代政治の最も基本的な理念だということですが、どこにそんな世界があるのか。


 現代の民主主義なんてどの国も少数による特権だらけだし、全員の参加や自由な議論なんて出来ないですよね。つまり、とっくの昔に民主主義なる政治システムは機能不全に陥っていて、構成員である国民は普通に生活することすら出来ない状態になっているのですから、どこで見切りをつけるかという段階なのですよ、もう。なのに、国民の惨状には目をつぶってお題目のように「民主主義が一番やで。権力者による独裁よりも民主主義が一番なんやで」と唱えるのは思考停止ですわ。


 そもそも民主主義が一番だなんてなぜそう言えるのか。日本でいうならば、わしが常々言っているように将軍という絶対的権力者が統治していた頃の方が民衆の幸せ度は高かったのではないかと。それは幕末から明治初期に来日していたお雇い外国人達が口を揃えて「日本人は笑顔が多くて幸せそうやな」という言葉でも明らかなのです。逝きし世の面影 渡辺京二


 日本に開国を迫った初代米国領事タウンゼント・ハリスでさえ......

これが恐らく人民の本当の幸福の姿というものだろう。私は時として、日本を開国して外国の影響を受けさせることが、果たしてこの人々の普遍的な幸福を増進する所以であるかどうか、疑わしくなる。私は質素と正直の黄金時代を、いずれの国におけるよりも多く日本において見出す…



 征夷大将軍による250年余の独裁政権末期ですらこれ。さらに大英帝国のビジネスマンであったクロウは1881年のある日の夕方、木曽山中の小さな村で、村中の人々が一日の労働を終えて如何にも楽しげに談笑している「忘れられぬ光景」を見て、「この小さな社会の、一見してわかる人づきあいのよさと幸せな様子に感動した」と書いています。


 ただのお題目で思考停止に陥って民主主義が一番なんや!って唱えている背後で、どのくらいの国民が生活苦に喘いでいるか。そんな美辞麗句や嘘臭い建前なんぞはもう要らんのです。もう機能してないやんって。

 故障して冷風の出ないエアコンをフルパワーで回して、「エアコンは付いとるよ。しっかりフルパワーで回しとるよ。エアコンが要らんとかはダメ。熱中症の危険があるからね。しっかりエアコン使っていこう!」と言いながら、その背後では熱中症でみなバタバタ倒れているみたいな。言いたいこと伝わる?

 なので、本当に民主主義が日本人にとって必要なことなのか、果たして民主主義しかないのか。しっかり考えることが重要。

 少なくとも江戸時代の日本人は征夷大将軍という圧倒的な権力者と江戸幕府という権力機関の統治下で幸せに暮らしとったやんって。なので、トップが英明なら国民は幸せになれるんよって思うわけです。だからこそ、日本には名君という言葉もあるわけ。

 そろそろもう現実を直視しようぜと。日本人には民主主義はあわんぞと。

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 ↑こういうのが跋扈するようになったわけ


 わしは前からも言ってきたけど、何度でも言うよ。日本政府は政権を天皇にお返し奉れと。その上で改めて、有能かつ人徳のある逸材を選び、その者を将軍宣下という形で将軍職に任ずるべきであると。大事なことなので何度も言いますよ、ほんと。(※ 名前は大事なので将軍がいい。けど実質はCEO的なものでOK)